そろそろネタ切れです。BestEnd以外に偏向しております。

TEXT/注意事項

BLというものが何なのか全く理解せずに書いていますので、何でもオッケーな方のみ読んでくださいませ。
小説サイトが好きであっちこっち巡ってはいるのですが、シリアスはだめぽなので、基本ギャグかコメディでパラレル風味です。スカやたまにブラックユーモアもあり。
鬼畜眼鏡なメンツに愛を込めて。

テキスト

とりあえず最新作を上においてますが、カテゴリ分けとかもそろそろ考えた方がいいかも。
Character: A=Aki G=Katsuya(Glass) H=Honda J=Gondo(Jinji-butyo) K=Katagiri M=Mido N=Katsuya(No glass) R=Mr.R S=Sawamura T=Taichi V=Matuura(Volleyball) F=fujita
● 新作  過去ログは別頁にまとめ。
● めがほんかつ系 道の途中 表か裏か(GxH) 狂い咲いた夜に1    (HxN/G+V+M+S+F) 鬼畜彼氏。(GxH) かつかつテクニック(GxH+N) 世界で一番きみが好き(G+HxN) 
● 片桐最強他 君が嫌い(J+N) 明星(K+N/G) ブラックをひとつ(MxN/G) この酔っ払い共奴!(M+J+H+N) 僕の家(M+K+H+A) 天国か地獄(MxG+K) 
● 激しく捏造系 もしも眼鏡がなかったら (N+G+R) ロリータ3   物質と光(?xN-mix) 一人芝居(MxN)ロリータ(G+N xM) 1 2 澤村紀次の災難(G+SxM) カッコ悪い(NxS) 
● 他らぶらぶ系 Open your eyes. ちゅ〜ぼ〜ですよ!(TxN) Because I love you.(GxM) Do you love me?(GxM) はじめてのひと(GxA) 素直になりなよ(NxM) 
● 接待大好き系 スカトロジー(NxM) 体験談(MxN ?xN/G HxN) ウェルカム(MxN) 鹵獲(GxM)

最新作↑

【title】
update
text
<おわり/>

【狂い咲いた夜に】5 / 最終話
update 2012.2.3
MGNとキクチ合同で宴会をやるのはプロトファイバー以来のことで、大人数の予約が取れなかったからと桜祭りの終わった公園横にある公営スペースを借りたのは藤田だった。
遅咲きの桜も散って、今なら空いていると入れ知恵してくれたのは、今回も裏方として(と本人は主張して聞かない)活躍した佐伯克哉その人だった。
御堂が佐伯をMGNに引き抜きたいと漏らしていたのを知る前から、藤田はずっと佐伯を見てきた。
かのBL学園出身である藤田から見て、佐伯のような人材が子会社に眠っていたというのは驚きで、自分よりもずっとMGNで活躍できるのではないかと常々思っていた。
あの御堂部長から飛び込みで勝ち取ったというプロトファイバーの件にしても、どう謙遜しても隠しきれない程の実力を持っていて、それでいて本人は何でもないように振る舞うのだから、藤田以外の人間には嫌味にしか見えなかったのかもしれないが、それは兎も角、佐伯克哉という出る杭に皆が注目していたのは間違いない。
今回の宴会は更に伊勢島デパートも加わって、今までにない大所帯なものだから、急に決まった日程で参加人数も幅が読めない中のバーベキューパーティーという形式は大当たりだった。
桜の咲く頃には皆忙しくて宴会どころではなかったから、少し時節がずれていればと思わなくも無かったが、そうでなければ突然の予約も入れられなかったのだから仕方ない。
それに、葉桜ならば佐伯さんだって大丈夫だし―藤田は佐伯との他愛ない世間話を思い出し、力強く頷いたのだった。
曰く、佐伯の『お花見嫌い』は年季が入っていて、中学校に上がった頃にはもう見るだけで頭痛がしたとか。
妙に潔癖なところのある佐伯のことだから、酒にだらしないサラリーマン連中を厭ったのかもしれないなと解釈し、時に場所取りを命ぜられる新人の藤田としては内心大いに同意したものだ。
「おい藤田、そこ燃えてるんじゃないか・・・?」
「うわっ!あちっ、あ、ああぁ・・・炭になっちゃいましたね。」
御堂の忠告で我に返った藤田は慌てて菜箸で救出しようとした高級和牛は哀れにも炭化してしまっていた。
仕方が無いな君が責任取って始末したまえよと呆れ顔の御堂は随分とこの場に和んでいて、楽しそうに見える。
それにしても、この仕事人間で日頃鉄面皮(無愛想)なこの上司が、貫いてきた<アフター5を拘束するべからず>という主義を撤回し、こういった打ち上げ会に積極的になったのも佐伯が一枚噛んでいるらしいから、あの男のポテンシャルは計り知れない。
その上、先程炭になってしまった高級和牛を差し入れて来たのは御堂で、今現在は菜箸片手に肉を炙っていた。
「知っているか、肉の表面に細菌の類が付着したとして、それらを除去するだけならば表面を軽く炙って殺菌してやればいいんだ。執拗にし過ぎて炭にするのはナンセンスだぞ。」
御堂先生のご教授は、傍から見れば嫌味なものだったが、藤田には御堂が上機嫌であることの方が嬉しくて、素直にふんふんと感嘆しながら拝聴していたものである。
楽しんでもらえているならそれでいいかと、藤田は憧れの上司の素顔を“意外と可愛らしい”と評しつつも、さすがは博識ですねと褒めた。
炭を自分の皿に取って不貞腐れもしない藤田に、御堂は悪戯っぽく笑って、おかしなことを言った。
「ではこれはどうだ。佐伯君は血の滴るようなステーキが大好物で、それはもう美味しそうに平らげるということを君は知っているか。」
唐突な話題の転換に藤田は一瞬瞠目したが、御堂が箸でつついているレアステーキを見て、成程これは釣り餌のつもりなのかなと合点し、軽い気持ちで答えることにした。
「知ってます、佐伯さんってああ見えて意外と肉食系なんですよね。オレ、一緒に回転寿司行ったり、居酒屋では刺身から入ってたし、やっぱり生が好きなんですねえ。」
調子を合わせたつもりの返答に、御堂は硬直していたが、藤田はその原因に気付かず首を傾げるだけだった。
納得いくまで肉を炙った御堂は、周りを見渡すとふと眉間に皺を寄せて、その何か不愉快なものを見つけた方角へと歩いて行ってしまった。
御堂の後ろ姿を目で追ってみると、一際背の高い、キクチの本多さんがいかにも手持無沙汰といった様子で佇んでいたので、藤田は少し驚いた。
あの人づきあいのいい本多が、仲間の輪の外にいるなんて珍しいし、犬猿の仲と噂される御堂がわざわざ近づいていく理由も思い浮かばなかったからだ。
もしも御堂が本多になにか嫌味を言うつもりで行ったのだとしたら、藤田は不安になって、網の上をざっと皿に退避させると、その後を追いかけることにした。
案の定、御堂を見つけた本多は心底嫌そうな顔を作ってそっぽを向いたから、それに焚きつけられるようにいつもの応酬が始まってしまう、藤田は慌てて仲裁に入ろうとしたのだが、そこにはもう一人いた。
「本多の次は・・・今度は御堂部長が餌付けしにいらっしゃったんですか。」
あからさまに面倒だという表情をして、慇懃無礼をやってみせる佐伯に、本多も御堂も睨みあいを中断した。
「克哉、俺はお前を」「佐伯、私は君を」
普段から気の合わない二人を見てきた藤田は、奇跡のシンクロに立ち会って、もしかすると気が合いすぎて喧嘩をしているのだろうかと妙な想像をした。
途端に睨みあいが再燃する。酒が入っているからか、建前上は仕事の枠ではないからか、お互い苛立ちを隠そうともせず、今にも取っ組み合いが始まりそうだった。
そこで、藤田はもう一つの違和感を覚えた。佐伯だ。
普段ならば、二人の仲裁役は佐伯と相場が決まっていて、二人がなかなか引かないときなどは、滅多に見られない佐伯の雷が落ちて強制終了になるのだったが、今の佐伯にはそのつもりがないらしい。
一色即発といった様相の二人を他所に、缶ビール片手に木の幹に寄り掛かって、会場の外、月明かりに照らされた葉桜の方をふっと見遣った佐伯は、最近よく見せるようになった“寂しそうな笑み”を零した。
「「「他の奴に取られたくない」」」
今度は三人が同じセリフを言った。まるで打ち合わせてでもいたように、寸劇のように。藤田はそのタイミングが絶妙だったことに感心していたが、その言葉がゆっくり自分に浸透すると、転職の話にしては言い回しが奇妙なことに気付いた。
「―ですか。やめてくださいよ、こんな所で。・・・俺を口説くのに、言い訳が必要なのか?」
藤田がその言葉を反芻するよりも早く、佐伯は藤田の姿を見つけ、そして冷たく微笑み手招いたので、隣の二人も藤田を認め、何か言おうと開いた口をそのまま閉じて、気まずそうに明後日の方を向いた。
「ほぅら藤田、喜べ。こちらは御堂さんから俺達へ口止め料だそうだ。有難く頂こうなぁ。」
「克哉」「佐伯」
引き留めたがっている二人を無視して、佐伯は手に持っていたぬるいビールを本多に渡し、その手で御堂から超レアステーキの皿を奪うと、藤田の肩を抱いて歩き始めた。
ずるずると佐伯に引き摺られるようにして、藤田はさっきまで貼り付いていた焜炉まで戻ると、妙に静かな後ろの二人が気になっていたが、気を取り直して佐伯に向き直った。
「まったく、お前は気が利くな・・・来てくれて助かった。」
そう呟いた佐伯の笑みは苦く、藤田はその儚げな様子が妙に気に掛った。佐伯に対して、胸の中に抱いていた形の無い不安が、ここに来て明らかになろうとしている。ぞっとして、今まで抱いていた藤田の肩から遠ざかろうとする、佐伯克哉の腕を捕まえた。
「黙って、ひとりでどこかに行ってしまうなんてナシですからね。」
藤田は本多や御堂程、佐伯の傍にいた訳ではなかった。何度か飲みに行ったり、藤田の側から私的な相談を持ちかけたりしたけれど、佐伯とはさほど親密な関係ではなかった。
だからこそ。藤田の抱いた確信通りに、佐伯はその手を振り払わなかった。
佐伯は黙って、藤田の好みに合わせ、生焼けの高級和牛を網に載せた。
他は後始末の楽なホットプレートだが、一部のこだわり派によって炭火焼きを押し切られ(この道具はその某課長の持ち物だったりする)、眼下では赤く血のにじむように、煙だけの火が燃えていた。
「佐伯さん、MGNに来る気ないでしょ。でも、キクチに戻るつもりもないんですよね。だったら、起業でもするんですか?」
MGNではまだ新人と言われる藤田も、ある程度実績やコネを作って退社した人が起業するからと名刺を寄越したりするのを知っていた。
そして、MGNの退職者のうち音信不通になってしまった者も多いのだと、挫折して、夢破れた者たちの噂を聞いて知っていた。
今、藤田の隣に居る佐伯という男は、今回のプロジェクトで燃え尽きてしまったように見えた。いや、それまで騙し騙しやってきた緊張が切れてしまったかの様だった。
「流石、佐伯さんです。オレ達凡人に出来ないことをあっさりやっちゃうんだなあ。」
冗談めかして言った、その声は掠れていた。けれどこれは、煙が喉を焼いた所為。藤田はそう自分に言い聞かせた。
佐伯がそのつもりで動いているのは、補佐に回った藤田が一番よく知っていた。
いつでも引き継げるように、毎日遅くまで余計な資料まで作っていた佐伯は、まるでいつ自分がいなくなるか分からないとでもいう程に恐ろしく熱心だった。
佐伯の努力には、先が見えていなかった。いいや、日々の課題に追われて将来の事も考えられないという無能とは、佐伯はどこか違っていた。
まるで、自分には未来が無いことを知っているような、不吉な影が垣間見えていた。
これ以上、煙が目に沁みる前に、振り絞るように藤田は食い下がった。
「あっそうだ。もし起業に成功したら、呼んで下さいよ。だって佐伯さんとなんて、きっと・・・絶対、面白くなります・・・だから・・・」
「藤田」
言い聞かせるような、宥めるような優しい声で、名を呼ばれても。藤田は顔を上げることができなかった。
きっと佐伯は笑っているだろう。勝手に自分を決めつけるなと、買いかぶり過ぎだと言って、きっと彼は笑うだろう。
大して親しくも無い癖に、職務上たまたま佐伯の秘密を知り得たからといって、こうまで食い下がる権利など藤田には無いと知っていた。
「お前には出来るさ。」
反射的に、藤田は顔を上げた。
「他の誰がお前を馬鹿にしても、それはお前に資質があるからだ。成果は数字に表れないが、後からじわじわと効いてくるんだよ、お前の真っ直ぐな優しさは。お前は俺とは違う。」
藤田はその言葉で、突き放されたのだと思った。
がっくりと項垂れ、あからさまに肩を落とした。
お世辞でこんなことを言ってくれるような人ではないと知っていたから、喜ぶべき言葉なのに、素直に喜ぶことができない。
周りの人間がそう言わないで、藤田を評価していたとしても、面と向かってそんな風に褒めてくれたのは、本心からそう言ってくれたのは、過去にも佐伯しかいなかったのに。
御堂に選ばれて花形の開発部に抜擢された藤田を待っていたのは、同期の輩から上がる何かの間違いだろうという声、作った資料は真っ赤になって返って来る、まるで通らない企画書の山、使えないと謗る指導係の叱責。懸命に、がむしゃらに、傍目にはお気楽にやってはきたけれど。
競争の激しい新人の中で、切磋琢磨する上で、佐伯の衒いない言葉がどれだけ支えになったか知れない。
「―それでも、」
その緩慢な動きは、腕を振り払おうというものではなかった。
ぽん、ぽん、と藤田の肩を叩くと、その手はぐっと肩を掴み、佐伯の方へ引き寄せた。
ころりと転がるようにして、藤田は佐伯の胸に頭を抱かれるような格好になった。
じゅうじゅうと焼ける肉の美味しそうな臭いがする。
くるりと佐伯が菜箸を使うと、件の高級和牛が汁を滴らせ、それが火の粉を巻き上げる。
「もし、お前の言う通りになったら―」
赤い炎に照らされて、藤田が泣いていることなんてきっと、他の誰も気付かない筈だった。
箸や皿はテーブルの上に置いてしまうと、佐伯の手は―拘束されていない方の右手は―ぽんと藤田の頭に載せられた。
「有難いことに、俺は有能な社員を薄給で雇える、ということらしいな。」
佐伯は心底愉快そうに、肩を震わせて笑った。
抱き抱えられ、一緒に揺らされる格好になった藤田は、たった二歳しか違わないというのに(身長や体格を比べれば一回り差があったけど)まるで子供の様に見えたのだろう。
周りの酔っ払いから囃し立てられ、藤田はますます顔を赤くした。
「それも面白いかもな。」
ぽつりと呟いたその言葉を、藤田は聞き逃して、佐伯を振り仰いだ。
その時にはもう藤田の体は解放されていて、佐伯は菜箸でいささか焦げすぎた肉を抓むと、紙皿に載せて藤田に寄越した。
藤田は佐伯を掴んでいた手を離すと、恭しく両手で皿を受け取った。
流石は高級和牛、十分に火の通った肉は脂がぎとぎとと浮いていたけれど、口に入れると風味が段違いだった。
「旨いだろう、藤田。なんといっても御堂部長様のお肉だもんなぁ?」
藤田が肉をじっくりと味わっていると、佐伯はとんでもない暴挙に出た。
御堂が取っておいたらしい高級和牛の残りを一気に浚うと、佐伯は惜しげもなく網に載せ、ほんの数秒炙っただけでそのまま口に入れたのだった。
ほとんど生の肉を5〜6枚は頬ばったと見える、佐伯は口の中でもぐもぐと味わって、ごくりと一気に飲み込んだ。
「あっ、ずるいですよぉ佐伯さん!」
電光石火の早業に、呆気にとられていた藤田が抗議しても後の祭りだった。
高級和牛は佐伯の胃袋の中に消えた。
じゅるりと涎を啜る佐伯の顔は、今まで見たどんな表情よりも満ち足りて見えた。
蕩けるような締まらない笑みに、藤田も釣られて笑ってしまう。
「よぉし、オレも肉焼いちゃいますよ!」
「手伝ってやろう。早い者勝ちでいいならな。」
そんなこんなで、狂乱の春の夜は更けて行ったのだった。
その夜かつてないハイスピードで肉は消化され、後からやってきた本多や松浦には消し炭となった何かの残骸が渡されたとか、それがまた喧嘩の原因になったとか、ならないとか。
この件で逆恨みをした御堂が藤田に冷たくしたから引き抜きに合ったのだとMGN上層部から非難されようとは、今ここに居る誰も、佐伯克哉ですら思いもしなかった。
けれどそれはまた遠い日の、別のお話。
<藤田編/おわり→克哉編につづくかも?>

【ロリータ】最終話
update 2012.1.27
人生は、物語にまとめるにはあまりにも荒唐無稽で、取りとめのない、矛盾に満ちたものである。だから、私が物語としてこれまで語ってきた、一人の少女が小さな部屋の中で暮らし、彼女の想い人に育まれてきた、短い半生の物語はここまでにして、今回、私が語るのは物語ではない。
少女として生まれ、そのように振る舞った彼女の―彼女という三人称が判り辛いなら、例えば“アリス”と呼ぶことにしてもいいのだが(もっとも、私の愛しい男に言わせれば“ロリータ”という名前になりそうだが、相応しいかどうかという問題以前に悪趣味極まりない)幸いなことに、この話には彼女以外“女性”が登場しないのだから、不都合は無いので安心して読み進めて欲しい。
小さな彼女の恋物語はもうおしまい。
何故物語を終わらせるのかというと、前回のお話の最後で小さな部屋を出た私たちは―否、彼女と彼女の想い人は―お互いにもう独りぼっちではなくなってしまったからだ。私は不器用なので、沢山の人たちとの交流を物語の形で記すことはできないし、毎日色々なことがありすぎて、きらきらと輝くそのひとつひとつを拾い集めるのに精いっぱいで、書き留める暇もないというのが正直なところだったりする。
もう彼女は少女ではなくなってしまったが、もし機会があれば、語り切れなかった枝葉に触れられる日が来るかもしれない。彼女が大人になるまでの細かいエピソードを取り出し、回顧し、物語として昇華することができるかは自信がないので、美しい物語を期待される読者の方には“赤毛のアン”でも読み返すことをお勧めする。兎に角、私は前回の物語を読んでみて、もうこの物語は終わったと思った。それがすべてだ。
彼女は、男同士の間に生まれた望まれない子供だった。生物学的に言えば噴飯ものだが、彼女は肉体を持たない“認識”の存在であるからこの文言で間違いは無い。彼らは夫婦でも、恋人同士でもなかったが、互いにセックスはしていた。どちらの親も男であったから、片方が父親で母親でといった紹介はできないが、戸籍上の名前は一人が“佐伯克哉”でもう一人が“御堂孝典”である。勿論、前回までの物語を読み返すまでも無く、読者様には何を当たり前のことをと笑われそうなので、今日その一人が“御堂克哉”になったことを併せてご報告させていただきたい。
ただし、克哉は御堂孝典の妻になったという訳ではない―もっとも、克哉は“今は亡き御堂孝典”に未練があるし、本人はそのつもりでいるのかもしれないが―責任を取らせると脅して、半ば無理やり、克哉を私の婿養子にさせたのだ。実際の戸籍上は、克哉が私の養子になると知った時、あまりの矛盾に驚いたものだけれども。
そうして幸福な花嫁になった私が誰か、という疑問を抱かれるかもしれないが、残念ながら、私はその問いに返すべき明確な答えを持ち合わせていない。
私も克哉も、今の私がかつてそう呼ばれていた男―そう、克哉が例えた言葉に準えて言えば“高く完璧な塔”のような彼―と同じ名を名乗るにはあまりにも座りが悪いので、私のことを指してその名で呼ぶことはない。
克哉は私のことを“あなた”とか“おい、お前”だとか、外では“御堂さん”と呼ぶので、私も私自身のことを“私”と認識すればいいし、不都合なことはあまりない。ひょっとすると今日からは克哉も外では“御堂さん”と呼ばれることになるのかもしれないが、私は克哉のことをどこでだって“克哉”と呼んでやるのでまず問題はないだろう。
記憶が戻るまで傍に居ると誓った、克哉が彼女にくれたその福音こそがプロポーズなのだと私は信じているけれど、もしかすると克哉にとってそのつもりはなかったのかもしれない。忘れ得ぬあの男が生き返ると、その手で縊り殺した屍が聖書のように復活を遂げると。人を馬鹿にしたような奇跡を本気で信じることのできるような、小さな子供のように純粋なところが克哉にはあった。私がふざけて“ひょっとして君は、未だにサンタクロースを信じて待っているのか”と言うと、頬を膨らませて“あなたはおれを馬鹿だと思ってませんか”と本気で憤慨するのが可愛らしいと思う。彼女は初めから知っていたさ、奇跡や魔法なんてどこにも在りはしないのだと。そんなものが許されるのは、絵空事の物語の中だけだと。
大人の形をしてその実幼子の様な、可愛いくて頑固な君に、私は―否、彼女は―何度も繰り返し読み聞かせてきたのだった。ある愚かな男の人生を、その命が始まって死に至るまでの物語を。己の罪を告白することすらできず、日々刻々懺悔し続ける敬虔な君には悪いが、言わせてもらえば、私達はいつだって死に続けているというのに、実に無駄なことだ。今の私があの少女と同じではないように、私があの男として復活するということは、今の私を殺すことと同じなのだ。頭の中で念仏を唱えながらセックスをする克哉に(それくらい丸分かりだ)とうとう切れた私は克哉に言ってしまった。
「君は、また、私を殺したいのか?」
ああもう、泣きそうな顔をしないでくれと口先だけで謝罪しつつ、柔らかな髪を撫でてやりながら、実は私が故意に泣かせていることは、きっと克哉にばれているのだろうけれど、可哀想な、愛しい我が夫を慰める特権を使ったって、君はいつだって許してくれるのだろう。
御堂孝典が死んだのは、克哉が彼を嬲り者にした瞬間ではなかった。克哉なりの気遣いで、ぼろぼろになって倒れた男を看病しながら“今のあんたには壊す価値もない”などと言った時も、死んでしまうかという程傷つきはしたが、それは本城に裏切られた時の絶望に似ていたし、当時の克哉が見做した通り、その位で御堂孝典は死ななかった。克哉は、監禁し凌辱や暴行を続けたせいであの男が死んだのだと思っているが、それは正しくない。そう、確かに彼は衰弱していた。拘束具や体に埋め込まれた器具などは、ほとんどあの頃には麻痺してしまっていたので、最も彼を痛めつけたのは夜毎現れては去っていく克哉の気まぐれさだった。
克哉がそう呼んでいたから、当時の彼を“鬼畜眼鏡”と言っても構わないのかもしれないが、いわゆる“放置プレイ”に疲れ切った御堂孝典は、克哉が飽きて捨てるまで死んだふりをしたのだった。あの男は、どれだけ克哉が慌てても、介抱しても、すべて演技だと思い込んでいたので、死んだふりをして何もしないでいるうちに、いつしか本当に眠ってしまっていた。
彼が再び目を覚ました切っ掛けは、彼の最後まで執着していたワインの香りに誘われてだったろうか、それとも克哉との接待を思い出してのことだったかもしれない。彼は目覚めた時、自分はきっと一人でいるだろうと信じていた。病院のベッドか、棺の中でも構わなかった。けれど、思いがけずそこには佐伯克哉がいたのだ。霞んだ意識の中を泳ぐようにして、目覚めたばかりの彼はテーブルの上に置かれた新聞の日付を読むと、思いがけず長い間―凡そ一年かそれより長く―自分が眠っていたことと、自分が自室のソファに座っており、克哉が親しげに晩飯のことを口にしていること、何もかもに驚いただろう。けれど、口から零れたのはたった一言だけだった。
「ずっと、そこにいたのか・・・?」
その言葉を最期に、御堂孝典は死んだ。
一才になったばかりの幼女が後を引き継いで、そうして今は私のものとなった、かつて御堂孝典と呼ばれた男の体は、今もまだしぶとく生き続けている。
自分の体が成人男性である幼女というのはどのような気持ちなのだろうか、在るべきでないモノがついていることを恥ずかしがってわんわんとよく泣く彼女に、さぞや克哉は困ったことだろう。そして、うまく騙し騙しよくも彼女を彼女のまま育ててくれたと思う。今の私は、彼が愛し、彼を愛することのできるこの身体に不満などない。生物としての分類上“雄”でも、例え彼より生きてきた年数が少々多くても。戸籍上、克哉は私の養子だが、私は克哉の子どもでもあるのだ。
子育てについて一度克哉に聞いてみたことがある。キーボードを叩きながら、シーツの皺を伸ばしながら、料理を作りながら、足元にまとわりつく少女に、ぽつりぽつりと私の知らない克哉の物語を読み聞かせてくれたものだ。
克哉には十二年の離れた弟がいて、つきっきりで世話をしながら助け合い生きてきたらしい。そうと尋ねたことはないが、戸籍上では彼に兄弟がいたという記録はなかったので、彼の弟もまた“認識上の”ということなのだろう。
克哉の弟が、佐伯克哉として御堂孝典に出会ったのは、克哉に弟が出来たのと同じ年だったのだ、と感慨深げに呟いたので、彼女は素直に尋ねたものだった。だったら、克哉はその時何歳だったの、と。克哉は懐かしむような優しい目をして“俺達はどっちも同じ、十二の生意気なガキだったな”と答えた。
克哉本人はからかうつもりはなかったのだろうが、佐伯克哉は当時二十五歳の平社員だった、その辺りのプロフィールは御堂孝典の記憶から引き出すことができる。同僚の男に連れられ、親会社の部長に飛び込み営業を掛けてきた、あの頃の克哉は確かに若かった―記憶に刻まれている形容詞はそれだけでなく、若く、美しく、頭はいいけれど自信がない、いざというときの度胸はあるが、生意気で、わざと人を挑発して楽しむ悪い癖がある・・・などなど微に入り細に入り、特に容姿を褒める言葉が多くて、実の親ながらに恥ずかしくなる。
故人を、それも克哉の想い人を悪く言いたくはないが、子会社の男を初対面から邪な目で見つめる三十二歳独身男性というのはまったく、唾棄すべき、“ど”のつく変態野郎としか言いようが無い。あの男が仕事を盾に、克哉に体で接待をさせようなどと思いつく辺りの記憶になると、穴を掘って埋めてやりたい気持ちになる。生みの親の一人とはいえ、とっくの昔に死んでいることだけが私の救いだ。
克哉に痛めつけられ、その度に克哉が傷つくことで歓びを感じていた、どうしようもない男が何故死んだのかという理由は明快だ。そうでなければ、私は彼と結婚することなどできなかっただろうから。克哉が殺したのではない。克哉の為に、この肉体が滅びるまでずっと克哉の傍に居る為に、私があの男を殺したのだ。
それにしても、克哉の言う事を信じるなら、十二の少年に性的興奮を覚え、セックスの相手をさせようと思いつくなんて、殺されても文句は言えないだろうに、律儀にもあの最低なペドフィリアの死を悼み、意図せずできた子供を育ててくれたという意味でも、私は克哉のことを心から尊敬して止まない。
与えるばかりの情事に疲れ果て、傍らで眠る愛しい夫。その寝顔は起きている時よりも幼く、少年めいていて、今もじゅうぶんに可愛らしい。その美貌を肴にして、髪を撫でてやりながら、少年と少女の、交わらない物語に思いを馳せていた私は、とうとう目を覚ました克哉の視線が咎めるように睨んできたので(ああ、やっぱりばれていたか)仕方なく目を閉じた。
明日は早起きをして出掛ける約束で、克哉がどこに連れて行ってくれるのか内緒にしたままでいるから、私はどきどきして眠れそうになかったのだけれど。だから眠ったふりをして、瞼の裏に、未だ描かれぬ未来をこっそり想い描くことにした。
<おわり>

【鹵獲】
update 2012.1.23

情事の残り香が色濃く残るリビングで、御堂孝典は先程まで自分の体の上で行われていた饗宴を反芻していた。
佐伯克哉、子会社の若い営業、8課という悪名高いお荷物部署の平社員でありながら大胆な売り込みに成功し、御堂の手掛けるプロジェクトの末席に斥候として加わった男。
加えて言うなら、容姿端麗、眉目秀麗、ぎらついた野心を自信の無さげな態度や爽やかな笑顔ですっかり覆い尽くしてしまう器用さを持っていて食えない、それでもありとあらゆる角度から見て完璧に美しい青年。
そして、先程まで御堂の命に従う振りをしながら、御堂を組み敷いて思うが侭に嬲り尽くして行った暴行犯。
付け入られるような隙を作ったのが御堂の側だったという自覚はあるし、佐伯という男の持って生まれた見た目以上にどこか複雑めいた内面に興味があって、どうしても体の付き合いをしてみたくなったという衝動を否定することはできない。
どんな得体の知れない薬を使ったのか、酩酊をずっと浅くしたようで平衡感覚が失われる、そんな状態に陥って狼狽する御堂を笑いながら犯したのだ、あの男は。
そこまで考えて、御堂は己の興奮が未だ治まらぬことを認めざるを得なかった。
そうだ、佐伯はそんなことを御堂に吹き込んでいったではないか。
"今まで経験したことのない快楽で、支配してやりますよ"
大口を叩く奴だと思った。出会い頭に、どんな商品でも売って見せると豪語した彼らしいとも思った。
実際に彼がそのようにして見せると、信じられない思いで一杯だった。在り得ないだろう。この年になってまさか、そんなことが。
御堂が自らをゲイセクシャルの人間として自覚し、その道に踏み入ったのはそう最近のことではない。
だから、彼の行った行為のひとつひとつは分解してみればかつて自分の踏破した領域であり、未経験だったのはあの薬―良いワインをぶちこわしにする行為は最も御堂にとって許し難かった―だけで、緊縛やアナルセックスなどはしてやったこともされたこともあった。
前立腺マッサージによってドライオーガズムを得る為にとエネマグラを試したこともあったが、経験者の話を聞いたりと色々な情報を基に試行錯誤をした割に、御堂はそこの領域を開発し尽くすに至らなかったものだ。
自分自身ではそうと認められないまでも、世間一般に見れば鼻持ちならないエリート街道を走っているような若い部長を相手に、道具ばかりでなく言葉で詰るような輩もいた。
撮影したいという趣味の相手に頷いたこともあるが、興奮したのは最初だけで、あとはすっかりハメ撮りなど忘れてしまうのが常だった。
ホルモン剤やピアッシングなどの人体改造を伴う行為を除いては、一通り自分自身を開拓し尽くしたと自負する御堂はここ数年ずっとパートナーを頻繁に替えては開発するという遊戯に没頭していた。
佐伯克哉。彼もまた、御堂が見つけた素材に過ぎなかった筈だったのだが。
初めに彼を見た時、佐伯も自分の同類だと直感したことは、接待を承諾した時にその正しさが証明された訳だから、御堂の観察眼は確かなものだったに違いない。
佐伯の取り澄ましたような冷たい美貌を、優しげな顔をして生意気なことばかり言う唇を、快楽に狂わせてやったらどんな風に歪むのだろう、啼いて許しを請わせればどんなに胸のすく思いがするだろう。
御堂の邪な思惑を超えて、佐伯克哉は呼ばれてもいない御堂宅に押し掛け、持参した薬入りのワインを振る舞い、御堂の身体を凌辱するだけでなく、御堂の所持品であるところのデジタルビデオカメラを使って事の一部始終を撮影し、録画データの入ったメモリを剽窃した上で流布を盾に脅迫さえやって見せた。
否、それは彼の悪辣さ、応用力に富んだ発想に拠るのだから、その可能性を無視して妄想に浸っていた自身を責めるべき所かもしれない。
問題はそこではなく、セックスの行為そのものに在った。
そもそも、初めての相手では手探りになってしまい、上手くいかないのが常であるから、こと男同士の行為に於いては性器への奉仕が無難な選択だろう。
御堂の誘い文句から、その経験値を推し量ったのかもしれないが、碌に身動きもできない御堂の手首を敢えて自分のネクタイを引き抜き様にそれで縛った上に、乳首から責めてくるのは想定外だった。
まさか親会社の管理職に向かってそう大層なことはすまいと高を括っていた御堂は、面白い玩具を手にしたばかりの子どもの様に無邪気な残酷さをもって御堂の性感を呼び覚まそうとする佐伯の薄ら笑いに怯えてすらいたのに。
御堂は怯えながらも、佐伯の柔らかな手でそこを撫でさすられ、嘲笑を浴びせられながらも興奮していたのだ。
"この、変態・・・!"
いつの間にか、御堂は自身の言葉さえもが自分を辱めているように思え、それが更に興奮を煽る悪循環に陥っていた。
とんだ変態だ。自分の仕掛けた罠に嵌めるどころか、逆に鹵獲され、詰られ、甚振られて尚も興奮する御堂自身がまさにそうだった。
あの時の御堂は、ワイン通を自負していたにも関わらず如何わしい混ぜモノに全く気付かずにいた情けなさに、弱っていたのだろう。
佐伯が聞けば鼻で笑いそうだが、御堂にとって趣味を超えた重要な生活の一部であっただけに、衝撃は大きかったのだ。
身を以って知っているだけに、御堂の自由を奪ったその薬が媚薬の類でない確信があった。
幾ら開発し尽くしたとはいえ、久しぶりの受け身だからとはいえ、かつてない快楽を御堂は味わっていた。
亀頭を苛められて仰け反った無防備な急所を狙われた。
朝に髭を剃ったままの顎に柔らかな唇が当てられ、熱い舌が首筋を這って喉元を伝うと、このまま骨まで食いつくされてしまうのではないかという恐怖と、同時に獣のように貪り喰われたい欲望が混じり合い、思わず声を上げてしまう体を止められなかった。
興奮に昂る体は佐伯の眼前で色を変え、充血し、御堂が何を言い繕おうとしても全く説得力がなかっただろう。
それでも言い訳をしないではいられなかった。
"男の俺に触られても感じるなんて・・・"
佐伯は嘲笑うためにそんなことを言ったのではなかった。御堂の痴態に煽られながらも、心底不思議で堪らないという響きがあった。
ほんの少し優しく触れられただけで、その気も無い人間がこうも興奮するなどということはあり得ないからだ。
ゲイセクシャルの人間同士だとしても、そうでなくても変わらない。被虐趣味でもあるのか、開発されすぎて全身性感帯という位に敏感なのか、或いは。
とてつもない屈辱だった。
御堂が自分自身の反応に驚き、あまりに素直すぎる体に裏切られて狼狽する様を観賞し、面白がっていた佐伯克哉という碌でもない人間を、御堂が乞い慕っているなどという事実が曝け出され、弄ばれるのは。
性的な興味の対象であること位は事前に知られていたとしても、当人に面白おかしく弄られ、苛められるなど、これほど酷い裏切りは無いと思った。
レイプのつもりでコトを始めたら、その相手が自分に恋焦がれていたと知った佐伯の心中はどんな風に騒いだだろう。
"あんたがどう感じようが、俺にとってはどうでもいい"
開発途中で諦めていたアヌスをその指でこじ開けながら、残酷な言葉を投げつけてくる佐伯を殺してやりたいと思った。
酷い男だ。
自覚もしていなかった恋心を引き摺り出して、晒されて、笑い物にされたのだ。
恥ずかしくて消えてしまいたかった。
それなのに、昂った佐伯の性器が自分の中に押し込まれていくことに、どうしようもなく発熱するのは。
痛みに全身を震わせ、脂汗をかく御堂を覗き込んでくる佐伯の貌に、発情するのは。
長い間忘れていたそこは、さながら処女地で。佐伯の囁く"はじめて"という台詞にも羞恥しながら、もしもそうだったらと空想してしまうのは。
易々と前立腺の位置を探り当てた佐伯は、楽しそうにそこばかりを責めてきて、御堂はかつて味わったことのない性感を受けて狂乱した。
行き場を見つけられずに体内を駆け巡る快楽の奔流に、とうとう泣きだした御堂を見て、佐伯は声を上げて笑った。
笑いながらも佐伯は興奮しているようで、御堂の中をぎゅうと圧迫してきた。そのことで御堂は更に煽られる。
果たして、そこから漏れ出すものが精液だったのか小便だったのかは知らない。最後はもう何が何だかわからなくなっていた。
ペニスに触れられもせず、内奥への刺激だけで御堂は達したのだった。
弾けるような、絞り出されるような快楽の中、腸内を逆流していく感触に、もっとどうしようもない悦楽の域へと上り詰めた御堂は、佐伯に体の隅々まで侵された自分自身にさえ陶酔していた。
いつのまにか引き摺り出されていた佐伯のペニスを惜しむように、ひくついたアヌスからどろりと佐伯の放ったものが流れ落ちるのを、息も絶え絶えに見入っていた御堂を、佐伯は黙って撮影していた。
もう死んでしまいたい、御堂は自棄になってそんなことすら願った。
けれど、佐伯が去り際に言ったことが皮肉にも御堂をこうも立ち直らせたのだから、人間の関係というものはよくわからない。
接待の体裁を崩さず、慇懃無礼な振る舞いを通した佐伯が最後に御堂へ優しく微笑みかけた。
勿論、彼お得意の虚飾だったのだろうけれども、恋に溺れた御堂にはそれさえも幸福だったのだ。
"俺たちの関係は、まだ始まったばかりですから"
佐伯が御堂に告げたのは、御堂が想い描いているようなロマンチックな意味合いなど全くない、脅迫と凌辱による上下逆転の饗宴が続けられるという宣告に過ぎなかったのだろう。
―だとしても、と御堂は独白した。
佐伯は御堂の誘いを断らなかったではないか。
どんな思惑があったにせよ、御堂の趣味に合わせて、手土産に珍しいワインを寄越すなど、御堂を喜ばせるだけだというのに。事実、御堂はあの時口では文句をつけていたが、心から喜んでいたのだ。
御堂から命ぜられたからではなく、佐伯自身の意思で御堂に関わろうとする、それだけで嬉しいと思うのは間違っているだろうか。
まず間違いなく、佐伯はあの録画映像を流布しないだろう。
御堂のプロフィールをどんなに面白おかしく脚色したところで、佐伯と御堂があの時感じていた興奮に勝るものを視聴者が得られる筈もない。
つまらないポルノ動画を流しても、佐伯克哉という男は面白いと思わないだろう。
むしろ動画流出を怖れ、言いなりになる御堂の方が面白い玩具だと思うに違いなかった。
ぞくりと背筋が震える。
興奮に昂った佐伯の荒い吐息が去来し、御堂は興奮冷めやらぬ自身を握り直した。
落ちて来い。
瞼の奥で嗤っている佐伯克哉の幻影に、御堂は呼びかけた。
君にも教えてやろうじゃないか、この地獄の様な歓びを、捕えた筈の獲物に囚われる屈辱を、どうしようもなく情けない幸せを。
生意気で愛おしい美しい青年を手に入れる未来を空想し、御堂はゆっくりと手を動かし始めた。
先刻、克哉がそうしたように。
<おわり/ポジディブ部長。>

【ウェルカム】
update 2012.1.22

扉の鍵は初めから掛けていなかった。
こつこつと至極落ち着いたノックの音に、御堂は振り返りもせずどうぞと声を返した。
御堂が知っている中でも珍しい、内装が華美な割に今時オートロックではないホテルに予約をしたのは、今まさに行われているような遣り取りをしたいが為であったことはまさか悟られまい、そう独白をして御堂はその来訪者を待っていた。
どのホテルでもそう変わらない鯱鉾ばった重い色合いのデスクにノートPCを開いて、到着してから休まずキーを叩いていたが、その実上の空で、画面右下の時刻表示をずっと目の端で気にしていたことなどおくびにも出さず、金属が擦れ合いドアが開かれる音をじっと聞いていた。
衣擦れの音を微かに纏って、待ち人は現れた。
確かに背後に在る他人の気配に、漸く御堂は振り返った。
ぴかぴかに磨かれてはいるが靴底の擦り減ったその革靴はいかにもくたびれていて、日頃外を掛けずり回っている営業マンとしての彼の颯爽とした姿を空想させた。
ぴったりした丈のスラックスは、折り目や皺から見ても丈以外は彼の体にぴったりとは合っていないせいか、御堂は心の内でさっさとそれを脱がせてしまっていた。
今風の若者らしくない、昔ながらの三つボタンの背広は流行に無頓着なのか保守的なのか、色合いだけは彼の淡い色彩に合っているようだったが却って物足りなさ頼りなさのイメージを抱かせた。
ゆったりと手が持ち上がり―あまり男らしくない繊細な指のかたちをしている―そっと緋色のネクタイを触った。
襟元を必要以上に締めつけているそれは、彼の緊張を表しているのだろうか。結び目に触れながらも緩めようとはせず、ただ迷ったように指先を遊ばせるだけで、御堂は締めつけてやりたいのか解いてやりたいのかわからぬまま苛立ってその男の顔を見た。
何か言ってやろうと開いた口をそのままに、御堂は絶句した。
佐伯克哉の表情が彼の境遇にまったく相応しくない程に穏やかだったから、というだけではない。
彼自身の色彩のように、淡く透き通るような笑みに、気勢を先んじた筈の御堂が逆に呑まれてしまっていた。完全に。
するりと、柔らかに結ばれていた唇が解け、ぽろりと言葉が毀れ落ちた。

「あなたが、あなたが好きです。御堂さん。」

福音だった。
否、御堂は急激に熱を上げようとする身体を自制しつつ心中で被りを振って思い直した。
ここに至る経緯をどう振り返っても、安直に喜べるような言葉では無い筈だ―とそこまで考えて、漸く御堂は自分が浮かれていたことを自覚した。
目標数値の引き上げに抗議してきた生意気な男に、日々鬱積してきた苛立ちの捌け口として咄嗟に持ちかけた"体での接待"という、嫌がらせにしてはあまりにも露骨で馬鹿馬鹿しい誘い、それに彼が乗ってきた事からして御堂の思惑を超えていた。
思えば、初めて佐伯に出会った時からしてそうだったではないか。交渉決裂を宣言し、警備員を呼ぶと恫喝した御堂を掴んだ手、獰猛な眼差しを以って制圧したあの男は初め人畜無害そうな顔をして、取るに足らぬ小物だと御堂が断じた筈の男であったのに。
鼓動が高鳴る。想定外の佐伯克哉という存在に、一瞬で・・・否、はじめから心を皆奪われてしまったように、御堂は瞬きも忘れてその姿に見入っていた。
穴が開く程に、呼吸を止めてしまった胸が苦しさに弾むのを自覚するまで、御堂はどんな顔をして彼を凝視していたのか全く覚えていなかった。

「君は・・・」

焦燥が御堂に口を割らせたが、掠れた声の、その先に続く言葉はどうしても出てこなかった。
その先、それが無いことが、今までの非現実めいた事象を現実とだけ示していた。
ふたたび御堂は絶句し、しげしげと佐伯克哉の美しい姿を眺めては納まらぬ動揺を悟られまいと深呼吸を繰り返した。
沈黙が降り、その部屋を支配していた。
佐伯克哉もまた、御堂をじっと見つめていた。
いままでかつて見たことのない色彩の眼差しに晒されて、御堂は生きた心地がしなかった。
肺や心臓だけでなく、胃までがぎりぎりと締めつけられるような苦しみの中、その美しいものを見つめ返すことしか御堂には出来なかった。
瞬きをする、睫毛の動きをも仔細に追って、その双眸がはっと見開かれるのも、ただただ観賞していただけの御堂にはどこか遠い所に彼が立っているように思われていた。
彼が言葉を発するまでは。

「あっ、間違えた。」

沈黙を破ったその言葉は軽く、間が抜けていて、確かに存在し支配していた筈の緊張はどこかに消えてしまっていた。

「そうじゃなくて・・・すみません、オレ、緊張してて。御堂さんに嫌われてるのは分かってますけど、どうしても伝えなきゃいけないって思って。」

早口に次々とまくしたてる、彼の頬は赤く、耳までも朱に染まっていた。
視線をふわふわと泳がせて、もじもじと身を縮め、その場に踏み止まっているのも憚られるとでもいうように半身はドアの方へ向き直ってしまって。
それでも彼はそこに居続けた。
彼の白い指が震え、そっと胸ポケットへと伸びた。
中に在るものを確かめるように、服の上から撫でるうちに、手の震えは止んでいた。
もう一度、意を決したように向き直った佐伯克哉は、はにかむように柔らかに微笑みかけた。他の誰でもない、御堂ただ一人に。

「辛いんです。誤解しないでください。嫌わないでください。お願いです、御堂さん。」

絞り出すように出た言葉は、切実で、彼の誠意を疑う余地はないと、無意識に御堂は頷いていた。
きらきらとした眼差しは、一点の曇りなく、真実の想いを載せて、それが御堂の心を満たしていった。
ぱあっと喜びの笑みが咲き零れるのを、控え目で清楚な微笑みを、眩しいと感じて御堂は目を細めた。
ほう、と溜息を吐いた佐伯克哉は幾分落ち着いた様子で、再び語り始めた。

「オレ、散々あなたに生意気なことを言ってきたと思います。でも、それはあなたに認めて欲しかったから、頑張って・・・空回りしてたんだと思います。例え、あなたにどんな風に思われようと。」

佐伯はふっと視線を床に向けると、笑みの形を作った唇を軽く噛んだ。
御堂はそれを見て、自分の唇にも同じように痛みを覚えた。
ふうん、と鼻を通り抜ける甘い色の吐息が静かな空気を震わせて、思いのほか響くのだなと妙な所で感心してもいた。
克哉のものだ。
纏う香りや、衣擦れの音、熱い吐息、濡れた唇から覗く血色の舌、揺れる眼差しすべてが彼のものだと御堂はその男の名を自身に言い聞かせるように口の中で唱えた。
この部屋を訪れた克哉が齎した福音を、もっとその唇が紡いでくれないものかと御堂は一心に願っていたのだが、どうやら彼は話題を逸らそうと腐心している様子だったので、幾分かの落胆を抱きながらも成り行きを静観する構えでいた。
伏せた睫毛が持ち上がり、その下の強い眼差しに晒される。
たったそれだけのことで、どうしてこれ程までに腹の奥が熱く捻れそうに苦しいのか、一人で突っ立って悩んでいるらしい彼を抱きしめてやりたいのにその一歩すら踏み出せないのか。
そうして、どうしようもなく臆病な自分自身を発見し、御堂は自嘲した。
ふっと乾いた笑みが口の端から零れ、それを聞き咎めるように克哉が口を開く。

「御堂さんがこの部屋で接待をしろと言った時、このままじゃいけないんだって分かったんです。オレはあなたに嫌がらせをされるような、無理難題を押し付けて煙に巻かれるような、そんな関係になりたくて、これまで頑張ってきた訳じゃない。」

一歩踏み出して、身を乗り出すようにして熱弁を振るう克哉の若さを見詰め、我が身を振り返っては無駄に老成し過ぎてしまっていたのではないかと古狸相手に化かし合いばかり演じてきた日々を思い、そんな青春など疾うに思いだせなくなっていたことに気付いた。
真っ直ぐな克哉の視線。
ほんの少し睨みつけただけで逸らされてしまっていた、その視線が、求めて止まなかったその眼差しが今は自分に向けられていることに、興奮が抑えられない。

「オレは、オレはそんなの嫌なんです。」

いっそ大げさな程に克哉は首を振って、その余韻で髪がふわりふわりと揺れた。
握りしめて汗ばんでいた手を、腕組みに組み替えて、居丈高な見せかけを取り繕って、ようやくその視線に対抗することができる。
それで。
それで、君が言いたいことはそれだけか。
仕事を盾にこんなホテルの一室まで呼び付けられて、体での接待まで要求されて、散々愚弄された挙句に君が言ったことといったら何だ。
私に文句を言う為だけに、君はこんな所までやってきたというのか。
さらりと項垂れた頬に前髪が落ち、影を作る。
ひくひくと引き攣るように動く小鼻や、思い切り食い縛られた白い歯、引っ張られた薄い唇の他はその影の奥に隠してしまって窺い知ることはできない。
それならば。

「目を見て話せ。」

狭い部屋だ。たったの一歩を踏み出しただけでもう、御堂は克哉の顎を捉える事が出来た。
ぎょっとして身を強張らせる克哉の顎を無遠慮に掴んで、力任せに持ち上げたその先は、あまりにも近付き過ぎた御堂の鋭い目があった。
狼狽の色を載せて、咄嗟に逃れようとした克哉を力ずくで抑え込んだ御堂の眼差しは獰猛だった。
怯えたように見開かれたガラス玉のような目に映る自身の眼差しを、御堂はそう形容した。
互いの呼気を皮膚で感じ取れる距離で、克哉と自身を鼓舞するように、言葉を紡いだ。

「君は自信があるのに目を逸らす癖があるだろう。ずっと気になっていたんだ。君が自信を持って、眼を見て話せば印象が変わる。その方がずっといいと思っていたんだ。それがずっと不快だった。」
「みどう・・・部長。」

唇から唇に吹き込むようにして、静かに唱えたその言葉を、克哉は目を逸らせぬままに浴びせられ、身震いをした。
じわり、とその意味が体に浸透した頃合いで、御堂はほんの少し顔を離した。
目だけでなく、刻一刻と表情を変えるその貌を眺めるために。
二三度ゆっくり瞬きをした克哉は、未だ顎から手を外さない御堂に苦笑を零し、そして御堂の求める言葉を唇に載せた。

「はい、そうします。」

自信の籠った眼差しは力強く、御堂を射抜いた。初対面のあの時よりももっと深く、もっとどうしようもない領域まで御堂を侵した。
引き返せない所まで。
絨毯に縫い止められたように動かなかった左足は、気付けば宙に浮いていた。
最後の一歩を踏み出し、御堂が作ろうとした皮肉交じりの笑みは、その意図に反して心底幸福そうに克哉の目に映った。

「よろしい。」

再び急接近してきた御堂に対して、克哉は全く無防備にも"え"と声を上げかけた形のまま開いた唇を貪られた。
それどころか克哉は咥内を蹂躙するのに集中をして瞑目した御堂を、行為が終わって御堂が目を開けるまで片時も逸らさずに見つめていたので、あまりの律儀さに御堂は"キスの時は例外だ"と言って笑った。
唐突にキスを仕掛けてきた御堂に、その行為が意味するところにようやく意識が繋がった克哉は、赤くなったり青くなったりと百面相をしながらあたふたと身じろぎをして言い募った。

「御堂さん、あの。オレはそういう意味であなたに好きって言った訳じゃなくて・・・」

必死に弁解をする克哉の思惑くらい、御堂にも分かってはいた。
純粋な思慕、単なる憧憬、それがどうした?
端緒が思い違いだったからといって今更怯むような人間ではない。
滾る程に熱を孕んだその奥に隠された、柔らかで且つ弾力に富んだ感じやすいものを見つけたい。
そして引き摺り出して、自分の中に飲み込んで、心行くまでしゃぶり尽くしたかった。
尚も言い訳をしようとする克哉の腰に手を回して、御堂は部屋の奥へと誘いながら扉に鍵を掛けた。
ローテーブルには飲みかけのウィスキーのボトルと空のグラスがひとつ。
氷の入ったバケツから欠片を掬って、上から並々と琥珀色の酒を注いで、克哉に椅子を勧め、囁く。

「さあ、どうぞ。話は座ってからでいいだろう、まだ夜はこれからじゃないか?」

困惑しきって硬直した克哉を見て、悪戯っぽく少年のように笑った御堂の目が、情欲に濡れ、灼熱に熔けているのを克哉は果たして気付いただろうか。
御堂は待っていた、克哉が来ることを。そして克哉は来た。それがすべてだ。
どんな手管で彼を落とすか、一瞬たりとも獲物から目を離さない野生の肉食獣のような双眸を向けながら、御堂はその手順を練り始めた。
可哀想に、泥沼のような灼熱の坩堝へ踏み入った君はもう、逃げることは叶わないのだ。この私の様に―そんな憐憫めいた思いが刹那、御堂の胸中に去来し、眼窩を疼かせた。
けれども、一挙一動に怯え、あからさまに警戒をする克哉は、カラリと氷が融ける音にさえ大げさに身を震わせたので御堂は却って愉快になってきた。
飲みかけになっていたグラスを手に取り、戯れに背後から忍び寄り、そっと腕の中に獲物を捉えると、赤くなって美味そうな耳朶に唇を触れさせながら御堂は何を告げようかと思案した。
逃がさないぞと恫喝するのもいいが、まずは乾杯から始めようではないか。

ウェルカム。ようこそ、此処へ。
<おわり/饗宴後の二周目を想定>

【体験談】
みどたん update 2011.9.29

佐伯克哉の中で燻ぶる怒りが浮かぶ度に、彼はなんとかそれを静めようと努めているようだった。ぐちゅぐちゅと音を立てて御堂のペニスを舐めしゃぶっても尚、その仮面をかぶり続けている健気な佐伯の薄い唇を汚しながら、御堂は衝動のままに熱い喉を突き上げていった。
噛まれるかもしれない?どんなこともできるこの男がそのようなへまをするだろうか。捻れた信頼をもって、御堂は小さな頭を股間へと押し付けた。
「鼻で息をしろ。吸って、口の中のものは呑み込めば多少は楽になる。・・・いくぞ」
佐伯の整った顔はぐちゃぐちゃに濡れ、紅潮し、御堂の乱暴な振る舞いによって涙ぐんでさえいた。充血した眼の奥には、怒りや憎しみがちらちらと垣間見えていたが、全身が戦慄くのは彼もまた欲情していたからに他ならないと御堂は断じ、喉から引き抜きざまに放ったザーメンを口から鼻から滅茶苦茶に引っ掛けて、お綺麗な顔をべたべたに濡らしてやった。
「よし・・・今日はこの辺りで満足してやろうじゃないか。」
自分が一体何をされたのか、どんな姿を晒しているかも分からないようで、佐伯はぼんやりと瞬き、御堂を見上げていた。気の抜けたような虚ろさが気に入らず、幾分か萎えた性器の先端で佐伯の頬を突き、ねばついた名残を擦り付けた。
服を脱がせても、セックスを強要しても、どんな蔑みの言葉を浴びせても。最後まで強情にも本性を隠したままの無粋さに、御堂は半ば呆れ、感心すらしていた。
「佐伯克哉、君に敬意を表して今回の話は保留しておいてもいい。だが、期限は三ケ月ということを忘れるな。あと二カ月・・・君が私を満足させ続けられるかどうか、見物だな。」
全く予想していなかった訳ではないだろうこの取引に、瞠目した佐伯は一瞬御堂を睨みつけた。しかし、すぐさま御堂から視線を外した。
「失礼・・・しました。」
軽く拭った程度で、臭いも残るだろう体もそのままに、服だけをざっと着てしまうと佐伯は慌てて去っていった。愚かな振る舞い、取り乱して、みっともない。それこそ御堂が見たかった姿であった。腹の底から込上げる衝動のままに、御堂は声を上げて笑った。それは明らかに嘲笑だった。
御堂がそうだったように、佐伯克哉も御堂を見る度に心を騒がせればいい。憎み、焦り、恥じらい、取り乱して。その様子を見るのが何よりの意趣返しとなるだろう。これから先のことを空想し、御堂は独り、ほくそ笑んだ。

御堂は知らなかった。佐伯克哉がこの時何を決意したのか、そしてこの後何をしたのか、更に言えば彼の過去についても何一つ、知らなかった。
ホテルから逃げるように出てすぐ、克哉は駅のトイレに駆け込んで何度も顔を洗った。どれだけ拭っても拭い切れない屈辱が張り付いているような気がして、トイレが混雑してこなかったらいつまでもそうやっていたかもしれなかった。
ふらふらと帰路を歩く克哉は、思いがけなく同僚の本多に背中を叩かれ、思い切り転んでしまった。
「克哉!?おい、お前大丈夫かよ・・・顔色もわりぃし、取引先で何かあったのか。それともあの御堂が言ってたとんでもねぇ目標値のことか?とにかく、ちょっとこっち来いよ。」
意外に鋭い本多の発言が、克哉の胸に突き刺さる。強引に公園に連れ込まれ、ベンチに座らされ。何でもないと否定しても、本多はそれを信じず、克哉の身に起こった真実へと迫ろうとするのが煩わしかった。
「煩いな・・・本多、オレがさっき何をしてたか知りたいだって?そんなの聞いたら、いくらお前でも友達じゃいられなくなるよ。それでも聞きたいっていうのか?」
投げやりに、苛立ちのままに本多を見遣ると、普段とは全然違う真剣な表情で克哉を見詰めていた。
「舐めんな。お前が何してたって、友達やめたりするかよ。」
心底、心配で堪らないといったお節介な男の眼差しが、克哉に罪悪感を覚えさせた。
「ごめん・・・今の、忘れて。さっさと帰ってひとっ風呂浴びて、ぐっすり寝れば平気だから。だから独りにさせて。」
本多に八つ当たりをするなんてみっとも無い、克哉はそう一人で決めて、公園のベンチから腰を上げた。その腕を、強く掴まれて克哉は硬直した。
「いいから。聞かせろよ、克哉。」
腕を引かれ、本多の顔を真正面から覗き込んで。克哉はかつて彼とともに在籍していた大学のバレー部のことを思いだしていた。もしかしたら、本多にも分かってもらえるような、そんな希望が湧いてくる、最悪な思い出話を克哉はすることに決めた。
「なぁ本多、覚えてるか?谷先輩っていただろ、バレー部に。」
「ん?あぁ、そういえばいたな。克哉が辞めるちょっと前に辞めてった、体育会系バリバリのむさ苦しい・・・それがどうしたんだよ?」
唐突に過去の思い出を語り始めた克哉に、本多はそうと知らずバレー部で起こった事件を思い出し、顔を顰めた。
「オレさ、コンパとか面倒だったから殆どパスしてて、付き合い悪いって怒られててさ。強引に連れてかれた飲み会で、しこたま飲まされてな。確か本多たちレギュラーメンバー抜きの会だったと思うから、知らないと思うけど。」
レギュラー抜きの言葉に内心ほっとしつつ、本多は初耳の出来事に聞き入り、それで?と先を急かした。
「何だったかな。オレは半分くらい意識無かったんだけどさ、体育会系の礼儀を教えてやるとか言って、谷先輩がな、俺にアレしゃぶれって言って来たんだよ。」
「ぶっ!?」
とんでもない発言に、本多は目を白黒させて、淡々と語り続ける克哉を見た。昔話だからか、克哉は至って平静で、それに酔ってもいなかった。それが少し不気味で、本多は冷や汗をかいた。
「誰か助けてくれるかと思って周り見たらさ、全員そろって囃したてるんだよ。洗礼だの、儀式だの、そんな馬鹿なって思ってたんだけどさ、まぁそういう流れなんだと。」
「しゃ、しゃぶったのかよ!」
ここにきて、漸く克哉は本多に向き合った。すうと目を細めて、苦い笑みを浮かべた克哉は本多に身を寄せ、声が大きいと耳元で囁いた。
「俺も皆も酔ってたんだよな。で、消毒とか言って先輩がビールにチンコ浸けたらさ、やるしかないかと思って。で、思いっきり・・・まぁ、やったらしい。」
耳元で続けられる告白に、本多は居心地悪そうにもぞもぞと身を捩らせているのを、克哉は人の悪い笑みで見守っていた。
「らしいって・・・」
耳まで赤くしてうろたえる本多を正面から見詰めながら、克哉はごくりと喉を鳴らした。
「オレはあんまり覚えてないんだけどさ、凄かったらしいよ。わざわざ谷先輩を脱がして、ケツの穴に指突っ込んだりして。誰かが席を立とうとするとドスの効いた声で怒鳴ったりな。谷先輩がどれだけ止めても、気絶するまでやめなかったんだとさ。教えてくれた奴も、かなりビビってたっけ。・・・でまぁ、バレー部辞める切っ掛けにはなったんじゃないかな。多分だけど、谷先輩が辞めたのってオレのせいだし。」
あの人が才能あったのは後輩いびりぐらいだったから、辞めても全然実害なかったけど―等と呟く克哉は、本当に軽く言ってのけたので、本多もようやく冷静になれつつあった。
「・・・・・・なんつーか。そういう体育会系っての、実際にあるんだな。ちょっと話には聞いたことあるけど。新人にしゃぶらせるような奴がいるとかさ。」
本多もそういった過激な連中がいることは知っていたが、まさかそんなホモみたいな先輩がいる部だったとはとショックを受けていた。克哉みたいな大人しい奴は格好の標的だったんだろうと、同情しながら。
「うん・・・でもな。その儀式ってやつは咥えて何秒耐えられるか〜みたいなモンだったらしくてさ。オレがやらかしたのはもう何発抜くかってトライアルみたいになってたし、皆引いてたっぽいから、全部が谷先輩達のせいって訳でもないんだけどさ。あの頃は彼女に振られたばっかで溜まってたし・・・で、今日なんだけど。」
克哉がにっこり笑いながらあっけらかんと言って、本多はようやく何の話だったのかと最初聞き出そうとしたことを思い出した。
「・・・ってまさか。お前御堂に・・・」
あはは、と眉尻を下げて克哉は笑った。本多は克哉のことになるとたまに鋭いことがある。御堂は自分の立場を利用して、かつての谷先輩みたく、克哉にしゃぶらせようとしたんだ。
「流石に素面だとキツかったなー。まぁ、その件がなかったらやってみようとも思わなかっただろうけど。満足させたら据え置きしてもいいって言うから、思わず頷いちゃったんだよな。」
「克哉・・・・・・くそっ、御堂の野郎・・・!」
激昂する本多をやんわりと捕まえつつ、克哉はぴったりと体を寄せ、囁いた。
「本多はオレのこと軽蔑するだろ?カラダ売って仕事するような奴、許せないって思うよな。卑怯だって、オレも思うけど・・・絶対達成できるかっていったら、自信なくてさ。軽蔑、するよな。」
至近距離から見上げてくる克哉の揺れる眼差しは、本多の心を射抜いた。守ってやれなかったことが悔しくて、こんな事態を招いたのが自分の軽率な行動だったと思うと情けなかった。
「・・・な訳ねーだろ。お前、よく頑張ってるよ。今日のことだって、ちょっとした判断ミスだって。気にすんなよ。」
「本多・・・」
克哉の震える肩を抱き、背中をさする本多は、克哉の為なら何でもやってしまいそうな自分の方がおかしいんじゃないかと思った。本多の耳元で克哉が切なく溜息を吐いて、背筋を悪寒が駆け上った。するりと克哉の手が太腿を乗り越えて、スーツの合わせ目をまさぐったのだ。
「本多ぁ、コレどうしたんだ?」
「かっ、克哉っ・・・うあぁ!」
その中のカタチをも確かめるように、窘めるように、克哉は掌で本多の股の間を撫で擦った。本多は上擦った声を漏らして、腰を引き攣らせた。しかし、股間をホールドしている右手と腰をホールドしている左手の力が思ったより強く、本多はベンチから立ち上がれなかった。
「そういえばオレ、今日のことちゃんと話してなかったな。分かった、本多は知りたいって言ってたもんな?じっくり教えてやるよ・・・」
「ちょっ・・・駄目だ克哉、やめろっ。自棄を起こすな!」
とうとう一物をぽろりと取り出してしまった克哉をどんと突き飛ばして、本多は涙目で克哉を説き伏せた。克哉は恨みがましく本多を見上げながら、ぺろりと指先を舐めた。
「はぁ、ったく!そんなことしやがったら、本気で友達やめるからな!」
はぁはぁと荒い呼吸を整えながら、本多は克哉の横暴を咎め、大げさに溜息を吐いてみせた。黙って何事か考えていたらしい克哉はふと顔を上げると、とんでもないことを言い出した。
「じゃあさ、本多がしてくれるのか?」
「んぐっ!」
ベンチの上で膝立ちになってにじり寄った克哉は、本多の膝頭を捕まえると、擦りつけるように股間を押し当てた。その感触から、克哉が興奮していることが本多にも知れ、かっと体が熱くなった。
「御堂さんがオレにばっかりさせたから、すっごく疼いてたまんないんだよ。あの人出したの1回だけだったけど、オレは一回も・・・もう、我慢できなっ・・・。」
スーツの中がきつくてたまんない、耳元でそう囁かれて、左腿に跨った克哉のものが布越しに擦りつけられている。本多は思わず、克哉の尻を捕まえていた。予想よりも柔らかなそこに、興奮が煽られる。
「手も口も嫌だなんて、本多は意外とマニアックなんだな。」
するりと忍び込んだ克哉の膝頭が、本多のモノを擦り上げるように動いていた。混乱し切った思考の隅で、本多は克哉の行為が自分への好意ならいいと思っていた。御堂の望むままになった自己嫌悪の捌け口だとしても、克哉の心が鎮まるならそれでも構わなかった。本多はようやく、自分が克哉に付き纏う理由に気がついたのだが、克哉の告白の後ではそれを告げる気にならなかった。
「気持ちいい、あっイキそう・・・本多も、気持ちいい?」
「はぁ、克哉、お前エロすぎんだよ・・・良すぎる・・・っ」
辛抱出来なくなった本多は、胸にうずめられていた克哉の頭をぐいと引き上げると、その半開きの唇に食らいついた。
「んっ、駄目だよ本多・・・なんでキスなんて、はぁ、するんだよ・・・」
熔けたように瞳を潤ませながら、拒絶する克哉が、その実本多の恋慕を求めているのだと思いたかった。だが、本多の知る克哉はそのようなロマンティストではない。
「俺はキスの方が感じるんだよ・・・黙ってろ。」
「ふっ・・・しょうがないな。」
本多の舌を招き入れた咥内は熱く、唾液でいっぱいだった。口の中を舐め回しながら、本多はその苦い味に眉根を寄せ、切ない想いを混ざり合った唾ごとごくりと飲んだ。その瞬間、諦めたように目を閉じて本多に身を任せていた克哉は目を見開き、本多の膝から飛び退いた。
「克哉!?」
「うえ・・・駄目だ、吐きそう・・・」
顔面蒼白になった克哉はふらりと水飲み場へ向かって倒れ込むと、思い切り嘔吐した。本多は咄嗟の出来事に対応できずにいたが、その苦しげな音に正気を取り戻し、慌てて克哉の背中を撫でさすってやった。
「どうしたんだよ、いきなり・・・大丈夫か?」
本多は手柄杓で克哉に水を呑ませてやりながら、やっぱりちゃんと止めておけばよかったと後悔していた。脇の下から担ぐようにして克哉を立たせると、案外しっかりとした足取りで歩けるようだったので、ようやく本多は克哉が素面であることを思い出したのだった。立ち止まり、息を整えた克哉は涙目で本多を睨みつけた。
「なんで・・・・なんで、カレーなんだよ!本多の馬鹿っ!!」
萎えた、帰る。そう言い残して、克哉は大股でずんずんと歩き去って行った。
翌日屋上に呼び出して、話を聞いて分かったことなのだが、克哉はカレーの中にヨーグルトを入れる食べ方を思い出してしまったらしい。ヨーグルトというのは、まあ、アレの隠喩でもたまに使われるけど。あの後ひとりで残された本多は、克哉の吐いたものの後始末をしながらずっと悶々としていたのだから、何か見返りを求めても仕方ないだろう。
「あんなの、ただの性欲処理じゃないか。」
「だって・・・俺は・・・。くそっ、克哉は俺のこと好きなんじゃねぇのかよ!」
あぁ気持ち悪かったなんて呟いている克哉には無駄だと分かっていたけれど、悔し紛れに本多は言ってしまう。いかにも驚きましたという風に目を丸くして見せる克哉のそのジェスチャーは、普段よりもずっとわざとらしかった。
「何言ってるんだよ、本多はずっと友達でいてくれるんだろ?」
もしかしたら、俺はこいつに迫る度にとんでもない体験談を聞かされるんじゃないだろうか・・・そんな恐ろしい予感を感じつつ、本多は克哉の残酷な笑顔に見惚れていた。

  今週土曜、午後五時
キクチのアドレスに御堂から届いたそのメールを見て、佐伯克哉は体を震わせた。彼を震わせたのは果たして未知なるものへの好奇心とそう違いがあっただろうか。
当面、目標値が据え置かれるとの連絡が片桐を通して知らされてから、まだ間が無いというのに。せっかちな奴だ。そう克哉はほくそ笑む。
今や御堂孝典は克哉にとって格好の玩具であった。そのことを御堂は知らない・・・その事実だけで、克哉は自分の内側が滾るような興奮を覚えるのだった。
同じことばかりの毎日は退屈だ。本多が御堂を敵視しているのは面白いが、それだけでは足りない。
もし、御堂の家に押し掛けてやったらどんな反応をするだろう。本多を巻き込むのもいいかもしれない。
克哉が次々に湧き出す思いつきに体を揺らす度、胸ポケットの中の眼鏡もまた笑っているような気がしていた。
<おわり>

【狂い咲いた夜に】4
update2011.6.7
大好きだった。
君に、思いがけず再会したその夜、懐かしい夢を見た。
小学校の卒業式に、離れ離れになってしまった親友との、最期のシーンにとてもよく似た夢だった。
大きな桜の木の下で、君は立ち尽くしている。寒さからではなく、震える身体を抱きしめるようにして、それでも僕を正面から見詰めていた。
――お前のこと、ずっと親友だって信じてたのに――
ひらり、ひらりと花弁が舞い落ちてゆく、やけに静かな風景のなかで。
まるで空の色を映したかのような君の眼は、溢れんばかりの涙を湛え、美しく艶やかに濡れていた。



目覚めた後もしばらくは、ガラス玉のような幼い双眸を思うと、ざわりざわりと鳥肌が立つ程に鮮やかな夢だった。
とてもよく似た夢だったというのは、事実を脚色し過ぎていると僕自身が認識しているからに他ならない。
思い返すといっても、小学校の頃のことなんて正確に思い出せはしないだろうけれども、あの日のことだけはよく覚えているから。
臆病な裏切り者は、良心の呵責に耐え切れずなどと言い訳をして、ただ自分の罪悪感から目を背ける為だけに背信をしたのだった。
それは君にもよく分かっていたんだろう。
告げ口をした哀れな子羊は、草食動物らしいつぶらな瞳を潤ませて、与えられるべき赦しをじっと待っていたのだからお笑いだ。
期待外れに終わったその行為を、あの畜生はさして思い返すこともなく生き、そして死んでいくのだろう。
ともあれ、そのコントめいた一部始終を、僕は傍観し続けた。
見逃した理由は、腹立たしいことに僕もソイツと似たようなことを考えていたからなのだろう。
君に赦されるか、それとも憎まれ、糾弾されて決別するか。
君に言ったら鼻で笑われそうだけれども、僕は幼かったから、僕自身の人生にも物語のような“結末”が欲しかったのだ。
僕の顔をみて、君はようやく事態を呑みこめたようだった。確かに、脇役ですらない端役の言葉など、信じるに足る情報ではないだろうけれども。
信じられない、信じたくない。目を丸くして、僕の目をじっと見つめて、それでも最後に君は事実を受け止めていたように見えた。
僕が君に何を言ったとしても、それまで僕が君を裏切り続けていたことを無かったことになんかできないんだと、愚かな僕は、君のその眼を見なければ気付きもしなかったのだった。
その後で僕が君に言ったのは、陰で悪事に加担しながら、偽りの慰めを言い聞かせながら、考え続けていた“結末”を彩るセリフだった。
そうして最後に、僕は君に微笑むんだ。悪戯が成功して心底嬉しいって感じの、大笑いを・・・してやろうと思っていたのにね。
――紀次、お前は・・・
誰もが羨む程に君は聡明で、大人顔負けの洞察力を備えていた。
だから、君が僕のことを何もかも分かってしまったとしても、仕方が無いことだった。
だから。
だから・・・僕は君の目の前から逃げ出さなきゃいけなかったんだ。
それからずっと、果ての無い桜並木の中を走って、走って、逃げ続けて、僕は今いる場所に辿りついた。



忌まわしい、歪んだ悪夢を見てから程なくして、僕に回ってきた仕事は全くもって皮肉としか言いようのない“偶々然の再々会”だったのだから、笑えない話だ。
「やあ、久しぶりだね克哉君!」
とは言え、僕はとびっきりの笑顔で親友殿に挨拶をしたのだけれど、残念ながら反応は芳しくなくて、陽気な所作は全くの空振りもいいところだった。
「いやだなぁ、親友に忘れた振りなんかされたら、僕、傷ついちゃうよ。」
笑顔で言いながらも、僕自身の発言に少し傷つきつつ、気を落ち着けるために頬に手を当てたり、小首を傾げたりしてもみたのだけれど。
全くと言っていいほどに無反応な君を差し置いて、可哀想な程に慌てふためいているのは克哉君の上司っぽいポジションな某大企業の部長さんだった。
分かりやすい反応をありがとうと言いたいところだけれども、幾ら僕が“ひとの弱み”に付け込んで色々と危ない橋を渡らせるような商売をしているからといっても、使えないカードだってあるのだ。
遊び人で名の通った若い部長が、酔っ払って子会社の社員にコナを掛けようが(相手が男なら余計に)、そんなものは大した切り札にはならないのだと経験上知っている。
もしもこの人が焦っている理由が、克哉君のためなんだとしたら、それこそ話にならない。
「・・・で、わざわざこんなところまでついてきて、用件は何なんだ。澤村?」
渋々といった体ではあったけれども、深い溜息をついて、ようやく克哉君が口を開いたから、僕はほっと胸を撫で下ろした。
別に、本当に忘れられているなんて疑っていた訳じゃないけれど、こちらを不安にさせるやり口は流石に克哉君なのだと感心する。
そしてさりげなく、何もかもお見通しなんだと揺さぶりを掛けてくるのだから、全く恐れ入るよ。
「別に。用件なんて大層なもんじゃ・・・ああ、申し遅れました。わたくし佐伯君の友人で、澤村と申します。御堂部長。」
作法に則って、慣れた手つきで差し出した名刺は、鬼畜・暴君・克哉君の手で横取りされてしまい、眼を瞬かせる部長さんの手には渡らなかった。
するりと抜き取られてしまった、名刺を失った僕の手は空しく宙を彷徨い、咄嗟に受け取ろうとしてしまった悲しい習性を備えた部長さんと、ふたりで間抜けな格好を晒してしまったのはほんの一瞬ではあった、のだけれどもね。
恨みがましい目つきを隠せずに、マナー違反を平気でやってのける元親友を仰ぎ見ると、名刺の上を滑った視線をそのまま僕の顔へと向けてきたので、あまりに鋭すぎる視線にうっかり怖気付きそうになってしまった。
「ふうん・・・クリスタルトラストの工作員っていうのは、お前だったのか。」
わざとらしく鼻を鳴らして、克哉君は冷笑をもって僕の祝辞に先手を打ってきた。
聞き覚えのある社名にはたと瞑目し、蠅か蛆虫でも見るような侮蔑の視線を送ってきたのはその隣の部長さんだったけれども、いちいち腹を立てていたら話がちっとも進まないから無視してやった。
「何の事だか。とにかくさ、克哉君とこのプロジェクトが成功したお祝いをさせて欲しいな。」
そろそろ笑顔が引き攣りそうになりながらも、満開の営業スマイルで、大人になった僕はクールに対処することだってできる。
「何なら、克哉君の趣味に合わせようか?例えば、さっき御堂部長としてたみたいなことだって、僕は構わないけど、ね。」
勿論本気なんかじゃあない。邪魔者を追い払う為に、ちょっとだけ痛いところを突いてやっただけで、僕にはそんな危ない趣味はないんだと分からせるように、敢えておどけて忍び笑いをする・・・案の定、部長さんは視線を泳がせて怖気付いているんだから、可笑しくって仕方ないね。
「安心しろ、俺は御堂部長を巻き込んで守ってもらおうなんて考えちゃいないさ。まあ、もっとも―」
ぎらり、と一瞬克哉君の目が猛禽類のように冷たく妖しく光ったように見えた。それはすぐに眼鏡の薄い硝子の奥に隠されてしまったけれど、背筋を冷や汗が一筋伝って落ちた。
「―お前がその気なら、俺の方は乗ってやっても構わないんだがな。まだ宵の口、時間はたっぷりあるだろう。なあ、紀次・・・?」
背後の部長が自分の発言に硬直しているのも、構わずに―いや、それを見越しての発言みたいだけど―一転して爽やかにすら見える笑顔を僕に向ける克哉君が、僕には理解できなかったんだ。
「・・・佐伯・・・」
違う、そうじゃない。再会してから僕はずっと疑問に思っていたんだけれどね、克哉君。
「御堂さん、今日は色々とご馳走になってしまってしまいましたね。とても美味しかったですよ、はじめて頂くものばかりで、楽しかったです。」
思いがけない再会に、あの時の君は動揺していたじゃないか。けれど今の君は、ついこの間のことを忘れてしまったかのように、僕との邂逅にもどこ吹く風だった。
「俺なんかでよければ、また、誘ってくださいね。では―」
僕が君に隠れて裏工作に明け暮れていた日々の間に、一体君に何があったっていうんだろう。
「ご自宅までお送りしたいところですが、友人を待たせていますので。申し訳ありませんが、本日はこちらで失礼させていただきます。」
物言いたげな眼差しを向けてはいたけれども、頑なな克哉君に押し切られるようにして、部長さんはこれ以上ここに留まるのを諦めたようだった。
「・・・ああ。では、君もあまり遅くならないように。」
ついさっきまで、その部長さんの腕の中で力なく打ちひしがれていた君も、確かに君だって思えたのにね。
・・・今度はそいつに頼って生きてるの?・・・か。
僕は間違っていたんだろうか、あの日、桜の下で再会した君の目に映る“心の在り処”を、見誤ったんだろうか。
得体の知れない、まるで悪魔のような笑みを湛えて、僕の知らない君が近づいてくる。薄暗い路地裏に、靴音が響く。もう、逃げられないんだと僕は観念して、かたく眼を瞑った。



再会は、偶然じゃなかった。
僕はずっと君の影を追いかけるようにして、今度こそ君に勝つために、危ない橋を渡ってここまできたんだと、今なら認められる。
けれど、あの時の僕ときたら、調査リストに挙がってきた君の名前を見つけると舞い上がってしまって、独断専行を仕出かして、真っ先に克哉君の姿を見に行ったんだったね。
今の君は、一体どんな風になっただろう。事前調査の薄っぺらい評価じゃ我慢できなかった。直接、君に会えば分かるとでも思っていたのかな。
その公園で君をみつけたのは、偶然だった。久しぶりでも見間違うことなんてない、あの佐伯克哉だった。
克哉君は、穏やかな目をしていた。心底幸せそうに笑っていた。お人好しのままで、まるで何もなかったように、君は君のままそこにいた。
信じられなかった。信じたくなかったよ。僕は君に傷ひとつも負わせられないままで、君のことを引きずって生きているなんてさ。
その眼は、あの頃みたいに、曇りの無い信頼を向けていて、その相手と心を通わせているって分かって。僕は心の奥が押しつぶされそうな息苦しさを感じていた。
不意に、克哉君とその男が消えた。まさか尾行がばれたのかと僕は焦って、ふたりを探したよ。そして奇妙なものを見たんだ。
「ちょっ・・・やめろって、克哉!ここ、外だぞ。誰かに見られたらお前だって・・・」
言い争うような、それでいてどこかおかしな色を帯びた声を頼りに、僕は二人の居場所を探しだすことができたんだけれど。
「静かにしろよ・・・バレやしないさ、オマエが大声をあげなきゃな。ククッ、期待してるってコイツは言ってるぞ?本当、馬鹿みたいに正直な奴だ。」
花壇の陰から垣間見たのは、克哉君が遊歩道脇の茂みに潜り込んで何かをしている様子だった。すぐには何をしているかわからなかった。けれど、絡み合う二人の足を目にした瞬間、分かってしまった。
「・・・!ば、馬鹿はお前だろ・・・やめ、公園だぞここ・・・」
こんな現場に出くわすのは、仕事上稀にはあることだったけれど、僕は俄かには信じられなかったよ。まさか、あの克哉君がってね。
「オマエは俺が好きなんだろう、だったら、いいじゃないか。こういうのもたまには・・・刺激的、だろう?」
ただの友人じゃなかったんだ。今やけだものに豹変した克哉君が“男の恋人”に襲いかかる様子を、僕は息もできずに傍観していた。
「眼鏡の克哉・・・テメエ、俺のことが嫌いなんじゃなかったのかよ!」
今や泣きだしそうな声で、押し倒された男が喚く。けれど、吐息は熱っぽく、乱れて、興奮が伝わって来るようだった。
眼鏡の?僕がさっき見た克哉君は、そんなもの掛けていなかったはずだ。資料に添えられていた写真でも、眼鏡なんて掛けていなかった。
「まさか。俺のことがだぁ〜い好きなオマエのことを、可愛い奴だと思っているさ。なぁ、本多?」
時折、濡れたような音を混じらせながら、聞いたこともない淫靡な声色で克哉君が愛を囁いている。これが克哉君の本性なんだろうか、純真そのものに見えたさっきの彼とはまるで別人の・・・僕の知らない克哉君が、すぐ傍で、いやらしいことをしている。その時の僕は、訳も分からぬまま、激しい鼓動を隠すように身を縮めていた。
「オマエならわかるだろう。俺は“眼鏡の克哉”なんかじゃない・・・俺が佐伯克哉だ。オマエの大好きな、な。」
まるで謎かけのようなことを言いながら、情事の気配は濃厚になっていった。
枯れ草を掻き分けるような音、衣擦れの音、ジッパーをゆっくりと開けるような音、水音・・・そんなの聞きたくなんてないのに。僕の意志を無視して、鼓膜を侵していく音に・・・得体の知れない何かに負けるまいと、唇をきつく噛みしめていた。
「―ンなこと、言われなくたってわかってる。お前は、克哉だ。克哉じゃなきゃ、殴ってでも止めさせる。」
抵抗を諦めたようにその男―ホンダが呟いた一言に、克哉君は嬉しそうに笑った。姿は見えなくても、心底嬉しいのだと分かるような笑い声だった。
「イイ子にはご褒美をあげなきゃな・・・俺が天国に逝かせてやるよ、本多。」
その後のことは、僕には何も言えない。覚えてなんかない。ただ、ごくりと喉を鳴らした克哉君が起き上った時、何故か僕はすぐ傍に立っていたんだ。
ゆっくりと振り向いた君は、多分誰かが覗いているって知っていたんだと思う。
「やあ、久しぶり。」
濡れた唇を指で拭いながら、それが僕だったということに君は驚いていた。果たして、僕はその言葉をちゃんと君に言えたんだろうか。
「・・・今度はソイツに頼って生きてるんだ。」
ひらひらと桜が舞い落ちる。それはまるで、あの日のように。違うのは・・・変わってしまったのは、僕と君の距離。
「澤村・・・?」
そして、君が僕を見るその眼差し。
茂みの中の男が立ちあがる気配がして、僕はその場から逃げ出した。言い争うような物音を背中で聞きながら、桜の中を駆け抜けた。ひょっとしたら僕はその時、泣いていたんだろうか。夢に見た君のように、震える体を抱きしめていたのかもしれない。
――お前のこと、ずっと親友だって信じてたのに―― そう言いたかったのは、僕の方だったのかな・・・



君の足音が近づいてくる。逃げ場のない路地裏で、僕は固く目を閉じた。
「ねえ、克哉君。僕はあの時、君に酷いことをしたよね。」
不意に口をついて出たのは、こんな在り来たりの、謝罪めいた言い訳に聞こえただろう。違う、そうじゃないんだ。僕は。
「みんな不思議がってるよ、君が眼鏡を掛けると別人みたいだってさ、噂になってる。病気なんじゃないのってね。」
からかう様に言ってみても、声が震えてる。僕は怖いんだろうか、君が?違う、そうじゃない。僕が怖いのはきっと。
「気になるじゃないか。もしかしたら、それって僕のせいなんじゃないか、なんてさ。」
僕が君にしたことで、君の人生が狂ってしまったとしたら。僕はそれを喜ぶべきなんだろうか。親友に裏切られて酷く傷ついた君を。
「この間言ったこと、覚えてるよね。克哉君、アイツと別れちゃったの?信じてたのに、好きだったのに。裏切られたんだ。」
ずっと、僕は逆だって思ってたよ。裏切られたのは僕の方、傷ついたのは僕の方、人生を狂わされたのも僕の方だって。
「思わなかった?みんな僕みたいに、君を好きだって言いながら、影では君を嘲笑ってるんだってさ。」
だから君も傷つけばいいって思ってやったんだ。僕は馬鹿だよね。君はお人好しだけど、僕が君を思う程には君は僕のことなんて何とも思ってなかっただろうに。
「克哉君はさ、ひとりぼっちなんだよね。知ってた?僕が何もしなくても、君はずっとみんなに嫌われてたんだよ。利用できるから、愛想よくしてただけで・・・」
僕は馬鹿だよね。君がずっと僕のことを忘れられない様に、あんなことを仕出かしたっていうのに。僕の方が忘れられないなんて。
「澤村」
はっと目を開くと、克哉君は静かに僕を見下ろしていた。虚飾の無い、まっすぐな眼差しだった。この眼を、僕は知っていた。
「仕事は・・・もう終わったんだろう。」
僕の心をすっかり見通してしまうような、あんまりにも無垢な瞳に、いつだって僕は僕自身を偽れない。
「はは、バレちゃってた?あれだけ工作に時間と金掛けて、結果がこの様じゃね、僕も立場がなくってさ。」
乾いた笑い声が狭い路地に響く。これが現実だった。結局僕は、君を出しぬくことができなかった。コピー企画を知ってからそう時間はなかった筈だというのに、克哉君を中心に組み直された企画は想定外で、規格外の化け物に、僕は手も足も出なかった。
「で?俺に昔話がてらお礼参りってところか。芸が無いな。」
物騒なことを言いながらも、克哉君はどこまでも落ち着いていて、危機感なんて抱いていないようにみえた。
「そう言われても困るんだけどな。だって僕は、君に警告しに来たんだからさ。」
憎らしい程いつも余裕たっぷりの克哉君だけれど、僕の言葉を聞いて、さも意外そうに目を見開いたので、僕は少しおかしかった。
「詫びのつもりか、小学校時代の?・・・今更だな。闇討ちでもなんでも遠慮なくやればいいじゃないか、お前らしくもない。」
おかしかった。克哉君は相変わらずお人好しで、正直で。頭はいい癖に、鈍感で、隙だらけなんだから。
「そんなんじゃないよ。言ったろ、僕は君に負けた。完敗だった。だから、これはほんのお祝いのつもりなんだけど。」
いつだって自信に充ち溢れた君の正しさに、僕は虚勢を張ることくらいしかできない。僕の強がりくらい、君にはお見通しなんだろうけどね。
「余計な真似しなくたって、俺にもそっち方面のコネクションはあるんだがな。○○不動産とか・・・おい、何を笑ってるんだ。」
ついつい笑いをこらえ切れなくなってしまって、克哉君に睨まれたけど、仕方がないじゃないか。喫茶店の店主とバイトが、暴力団の跡取りで、ハッカーで・・・まるで小学生の法螺話で、あの頃に返ったみたいで、僕は心底おかしかったんだから。
「ふん、まあ折角だからありがたく受け取っておくさ。お前なりのお祝いなんだろう?」
溜息をつきながらも、克哉君は分かってくれたみたいだった。そして、僕たちの間に沈黙が落ちる。話したいことはいっぱいあった筈なのに、もうこれ以上何も言うべきじゃないんだと僕は知った。克哉君の問題は、克哉君のものなんだ。今の僕にできることは何もないんだと。
「じゃあまたね、克哉君。夜道に気をつけて。」
そして僕が抱える思いも、僕自身でなんとかするしかないんだと。僕は笑顔で別れを告げた。きっともう、会う事はないだろうけど。そう思って、克哉君に背を向け、僕は一歩踏み出した。
「・・・昔のことは、俺のことはあまり気にするな。子供がやったことだ、そうだろう。」
鼓動が跳ねる。優しすぎる克哉君、自分のことなんてお構いなしな克哉君、それでいて僕の気もしらない克哉君。ああ、僕は本当に克哉君にもういちど会えたんだ。急速に、僕の内側を迫上がって来る重苦しい塊に、一瞬、目眩がした。
「克哉」
けれど僕は振り向かない。歩みを止めたりなんかしない。これは、僕の最後の意地みたいなものだから。
「覚えてろよ。次は負けない。遠慮なく、僕が勝たせてもらうから。」
狭い路地から見上げる空には、星なんか見えなくて。今の僕には借金くらいしかないけれど。葉桜の季節、曇り空、まだ肌寒いこの夜に。僕は、僕たちは。あの桜並木の下から、別々の道を歩き出したんだと思う。
「ああ、またな・・・紀次。」
<澤村編おわり/R編?につづく・・・>

【狂い咲いた夜に】3
update2011.5.13
「桜が怖いとは、君は案外ロマンチストなんだな。」
打ち合わせ中憂い顔をする佐伯が気になって、戯れに“本多がいなくて寂しいのか”と尋ねたところ、意外にも正直に“それもありますけど”と返事が返ってきたことを思い出す。その後、彼はなんと言ったんだったか――確か、桜が咲くと胸が騒ぐのだと顰め面をしていた気もするし、散っていく桜をみていると恐ろしくなるのだと透き通りそうな風情で呟いたのかもしれない。
いずれにしても、佐伯に任せたプロジェクトは私の目論見以上の成果となり、上層部からの評判もよいと来れば、引き抜きの話が再発するのも自然な流れだろう。プロトファイバーの成功は私の手腕に拠るものだと今でも信じているが、当時はまだ佐伯の力を“危うし”と認め切れなかったので、引き抜きの話に待ったを掛けたのは他でもない私自身であったのだが、二年間ともに仕事をしていれば嫌が応にも認めざるを得なかった。ひと皮剥いてみれば、佐伯克哉は私とは全く別の分野で力を発揮する人間と分かってから、彼への敵愾心めいた苛立ちは影を潜め、替わって心に湧いたのは好奇心――否、もっと踏み込んで言えば、出逢った当初から気になっていた理由が“一目惚れ”であり、彼の人となりを知れば知るほど実に好みの男だと心が震えたのではあるが、告げても無駄だと分かっていたので黙っていたのであった。
「本多、ですか・・・?別に、関係ないでしょう。奴のことはどうでもいいじゃないですか。」
さて、佐伯の“趣味が悪い”想い人は冒頭でも触れた本多という猪突猛進型の筋肉達磨であったのだが、先日別れたらしい―とは成功祝いと引き抜き打診を兼ねて誘った晩餐で聞き出した。口ではどうでもいいと言いつつも、未練はあるようだったのに、別れを切り出したのは佐伯の方だというのだから、色々と複雑な事情を抱えていそうではあったけれども、そんなことは私の知ったことではない。
「御堂、あんた一体・・・?」
会計を済ませ、酔い覚ましに付き合えと騙して路地裏に引き込んだ私は、足元が覚束ない振りをして、佐伯に抱き付き、そのまま唇を奪ってやった。
「本多のことはどうでもいいと、さっきそう言ったのは君だ。」
怒りよりも驚きが先に立っているような佐伯の顔は、はっきり言って気に食わない。明らかに酔った勢いという種類の接吻ではなかったというのに、知らぬ顔で、なかったことにする心づもりのようだったから。
「一人寝は寂しいんだろう、眠れていないようじゃないか。」
呆けている間に、言葉の合間にキスをする。宥めるように、心を解きほぐすように。引くつもりなど毛頭ないのだと示すように。
「今は本多の代わりでもいい、私を利用するので構わないから――私のものになれ。」
ほんの少しアルコールが回って熱く熟れた唇で、冷たく薄情な唇を撫でる。最も鋭敏な感覚器を擦り合わせ、くすぐり、刺激してやる。佐伯の美しい双眸がゆらりと揺らめく。
「御堂さん、“オレ”のこと、好きだったんですか。」
探り合うように、視線を絡ませながらのキス。唾液を混ぜ合って、じゅくじゅくと音を立て、アルコールの匂いと血の味を纏ったキスを交わす。
「好きだ――と言ったら?君は、私の気持ちに、応えて、くれるとでも?」
弱みを見せまいと、駆け引きめいたやり取りをするのは御堂らしくもあったが、佐伯はそれに乗っては来なかった。否、キスの応答は良いというのに、眼差しは冷たいままで、心の奥底まで見通そうとでもいうように、一挙手一投足を観察しているのが憎らしかった。
「質問、しているのは、俺ですよ。答えて、くれないんですか。御堂部長?」
口付けするのに邪魔な眼鏡を外そうと伸ばした両手を掴んで、逆に圧し掛かるようにしながら、佐伯は御堂の唇を貪り、それでいて投げかける言葉は冷静そのもので。次第に主導権を奪われている状態を、御堂は苦々しさ半分、嬉しさ半分で受けとめた。
「傷心の部下を、寂しさに、付け込んで、食っちまおう、だなんて、いけない人、ですね?」
あんたのコッチ方面での名前は結構有名ですから、どんな性癖か、どうして長続きしないか、なぁんてみんな知ってるんですけどね。遊びすぎじゃないですか――恥ずかしげもなく、そんなことすら耳元で囁く低いトーンに、聴覚が侵されるようで、無意識に御堂の身体は震えた。
「いつから、です?御堂――部長が“オレ”の尻を、狙うようになったのは。」
あからさまな言葉に、御堂は眉間に皺を寄せ、佐伯の唇を裂けるように顔を背けた。それを見て、佐伯は含み笑いをしをして、無防備な首筋に口付けると、急かすように言うのだった。
「はっきり言えよ御堂、俺は気が長い方じゃないんだが?」
暗に痕をつけると脅すように、舌先で頸動脈の上をなぞるようにし、軽く噛みつきながら言えば後は簡単だったろう。興味本位で佐伯に寄って来るような輩相手ならば。
「いつからだ?佐伯克哉・・・君が変わったのは、本多の為だけではないな。」
顔を背けたまま、視線だけを佐伯に向け、御堂は告げる。その鋭利な眼差しは、佐伯の眼鏡と、その奥の双眸へと向けられていた。訝しむように、否、それだけでなく、もっと深くで揺らめくものを見定めようとするかのように、覗き込む御堂の視線に居たたまれず、目を逸らしたのは佐伯の方だった。
「君は不可解だ。飛び込みで営業に来たあの時も、そして今も、君は私の心を騒がせる。佐伯克哉・・・私は君を――」
「俺は、本気の相手なんか要らない。要らないんです、御堂さん。」
初めから断るつもりだろうとは分かっていた。だから御堂は動じない。遊び相手が欲しいというのも、佐伯の嘘だ。彼はそれほど器用な男ではないと、御堂は知っている。先程までは余裕ぶっていた佐伯が、弱々しく被りを振って、頑なになればなる程、手にいれたくなるのは、その理由はきっと。
「君を、助けたいんだ。」
佐伯が振り向く。街灯の光を反射して、眼鏡が輝くのを、御堂はまるで泣いているようだと思った。するりと解けた拘束を見遣り、自由になった両腕で御堂は佐伯を抱きしめた。佐伯はそれを拒みもせず、抱き返すこともせずに、ただひとつ長い溜息をついて、じっと受け止め、苦笑い混じりにぽつりと零した。
「貴方こそ、どうしようもないロマンチストじゃないですか。」
<御堂編Sideおわり/澤村Sideに続く>

【Open your eyes.】
update2011.5.12
オレ、克哉さんに逢いたかった。
たぶん出会う前から、あなたを見つけるずっと前、もしかしたら生まれる前から。
きっとこの檻に入れられる前から、あなたに逢いたかったんだよ。
でもオレは・・・五十嵐太一は、不貞寝をしていた。
ベッドの上で身体を丸めてじっと、目に見えないものを見ようと無駄な努力をしていた。
痛いよ。
皮膚とか、痛覚のある表層じゃなく、この肉よりももっと深い場所が痛いよ。
痛くて、苦しくて、息ができなくなる。
ふたりで日の出を見ながら歩いてたあの時、オレはどうして克哉さんに逢いたかったのか分かったんだ。
悔しかった。何もかも投げ出したい癖に、不満ばかり愚痴って、安全な檻に捕われたままのオレ自身が。
あなたに心の中を見透かされてしまったことが、悔しくて、すごく幸せだと思った。
分かって欲しかった筈なのに、知られると怖くなった。
ねえ、克哉さん。本当のオレを知っても、そばにいてくれますか?
近づけば近づくほど、嫌な感情が育っていく。好きになれば好きになるほど、自分のことが嫌いになった。
克哉さんのことが知りたかった。あなたの役に立ちたかった。
ロイドで逢う度、少しずつあなたのことを聞き出しては考え、行動した。
営業職って何なのかなんて抽象的なことはともかく、ドリンクの市場や流通関連の大手の情報に目を光らせた。
それとなく会話の端々にヒントを散りばめて、賢いあなたが余さず受け取ってくれるのが嬉しくて。
あなたのためならオレは何だってできる。それを「何をやってもいい」と勘違いしたオレが悪かったんだって分かってるよ。
分かってたんだ。克哉さんはオレにただ話を聞いて欲しかっただけだって。
穏やかに笑って、くつろいで、また仕事に戻れるように羽を伸ばす場所、それがオレの役割なんだって。
でも、それだけじゃ嫌だったんだ。
もっとオレのことを必要として欲しい。その不思議な微笑みをもっと見せて欲しい。逢いたい。そばにいたい。
克哉さんが欲しい。心も、身体も、過去も未来も今も、あなたのすべてが。
あなたの手を汚させても、繋ぎとめたい。それはいけないことだって分かってたのに、オレは欲望に抗えなかった。
「ごめんなさい・・・」
思わず、口にしてしまった。誰もここにはいないのに、意味なんてないのに、それでもオレは謝りたかったんだ。
あなたを傷つけた。
消えてしまいそうなくらい、他人との接触を怖がるあなたが一番恐れていたのは、他人を傷つけることだったのに。
―太一の大切なものが可哀想だよ―
克哉さんの優しい声が、今は悲しく胸の中で反響する。
不思議だよね。オレはあなたを知りたくて、近づきたかったはずなのに。
あなたがオレを知ろうとして、近づこうと、オレを変えようとしたら、オレは拒絶したんだもん。
オレは克哉さんの特別になれていたって自惚れてもいいですか?なんて、そんなこと思う資格がないのは分かってるんだけど。
克哉さんは本当にオレとよく似ていたんだって、そうなって初めてオレは気付いたんだ。
あなたの匂いを嗅げるくらいに近くにいるという幸福は、あっという間に肉欲に侵されて色を変える。
やわらかな指、白い項、甘酸っぱい香り、まろやかな声、消えてしまいそうな存在感。
あなたの全てがオレの欲望を駆り立て、身体と心を揺さぶる、反比例する情動、内なる闘争はエスカレートする一方だった。
その眼鏡は「嫌なもの」だとオレは直感していた。
あなたの中に無かった筈の「嫌なもの」が、オレを翻弄する。
柔らかな指がオレの「嫌なもの」を引き摺り出し、これはお前のものだと突き付ける。その味を知れという。
これは現実だと、その声で、その眼で、オレの頬を叩く。目を覚ませ、夢見る時間は終りだと。
克哉さんはオレと似ている。嫌なものを隠して、戦って、平気な振りをして毎日をやり過ごそうとしている。
笑顔を振りまいて他人を拒絶し、そのくせ人恋しくて、悩んで、それでも臆病だから何もできなくて、それが歯がゆくて。
痛いね。
でも、この痛みがなければ。互いを傷つける程、近づかなければ。どんなに嫌な自分でも、向き合わなければ。
あなたを知ることができなかった。あなたに、オレを知ってもらうことも。
克哉さん、そっと心の中で呼びかけてみる。なんだよ太一、変な顔して。困ったように笑いながら振り返るあなたが見える。
今はもう、あなたの中が空っぽじゃなくて「嫌なもの」だって抱えてることを知っている。
それがオレは嬉しいんだ。
克哉さん、オレたち一緒だね。そう言ってあげられたら、きっと笑ってくれるだろうなと思う。
でも、ごめんなさい。
オレはまだ怖いんです。あなたに、オレがどれだけ嫌な人間か知られて、嫌われてしまうのが。
嫌われてもきっと、あなたを離したくなくて、もっと嫌な人間になってしまうこともできるんだろうな。
あんなに頑なだったあなたが、オレに心を許してくれたことが嬉しくて仕方がないけど、今はまだ。
まだ会えない。
檻の中に閉じ込めた「嫌なもの」が暴れて、止められなくなる予感がする。
オレはこいつと戦わなければ。大切な、大好きなあなたに触れることもできない。
ねえ、克哉さん。あなたは今どうしていますか。オレのことを考えてくれていますか。あなたも闘っているんだよね。
泣いていませんか。悩まなくていいよ、苦しまないでいい、謝らないでよ。オレはきっと、打ち克つことができる。
あなたに逢えてよかった。だから、頑張れる。だから、ごめんなんて言わないで・・・ねえ、克哉さん。
誰かが部屋の前に立つ気配に、太一は重い瞼を持ち上げた。
<おわり/太一視点EndNo.28唐突なおわかれ>

【道の途中―もしも願いが叶うなら―】
update2011.5.11
まるで野良猫を抓み上げるかのような所作で、克哉は本多の襟を掴み、あまりに唐突な狼藉のために本多は喉の奥で呻いた。
首根っこを掴まれたまま、本多は文句を言おうと背後にいる克哉へ勢いよく振りかえったが、刹那クラクションが鼓膜を劈き突風がスーツの裾を掠めていったためにそれは叶わなかった。
本多はようやく自分が交差点で赤信号の中に突っ込んでいこうとしたこと、そしてそれを止めたのがすぐ傍で襟を掴んでいる克哉なのだと気付いた。
克哉は何も言わない。本多は口を開けたままで、逡巡した。謝罪か、謝礼か、文句を言うのだって構わなかった筈だ。けれど、何も言えないままでいるうちに信号は青に変わってしまった。
本多が諦めて踵を返し、横断歩道へと一歩踏み出したとき、ぽつりと克哉は言ったのだ。
<あまり急ぐな・・・先はまだ長いんだ。>
ぴたりと足を止めた本多の横を、克哉はゆっくりと追い越して行った。すれ違いざまに、本多の背中を叩いて。それはまるで、励ますような所作に思われた。
遅れて一歩、本多は喧騒の中に踏み出した。足取りは決して軽やかではない。泥濘の中を進むように、まるで醒めない悪夢に置き去られてしまったかのように、得体の知れぬ何者かが足元に絡みついているような不快感に耐えながら。
克哉の背中が手の届くところにある。決して振りかえることはしないけれど、本多の前を悠然と、まるで紳士服のモデルみたいな男はさもそれが普通であるようにゆっくり歩を進める。
交差点を渡り切ったところで、本多は荒い溜息を吐いた。信号のある横断歩道を渡ることにこれだけ緊張するのは、自分の身体が変わってしまったせいなのだと理解はしていた。
それに気付いているのだろう克哉は、決してそのことには触れない。本多も、克哉が気に病んでいるであろうと知りながら、これまで殆ど語り合う機会を逃し続けていた。
とん、と肩を押される。台車を押したバイトの男が横を通り過ぎていった。ずっと傍らにいて本多を見守っている克哉という男の横顔を、本多は複雑な思いで見詰めた。
もしかして―本多は幾度も浮かんでくる疑念を振り払うようにして、克哉の横顔を再び見詰めた。そんなことは考えてはいけないのだと、いつまでも失ったものに捕われている自分を恥じた。
決して分かりやすくは無いが、克哉は自分のことを想ってこうして傍にいてくれるのだと本多は知っていた。知っていて、そんな素振りを見せたことは一度もなかった。二人の間の距離は、以前よりも隔たりがあるのだった。
以前なら、本多の方が遠慮なく克哉に関わろうとし、傍につきまとって、思い切り背中を叩いて喝を入れてやっていた筈だったが、その気もその必要もなくなった今では立ち位置が逆転していた。
こうなって初めて、本多は克哉が抱いていた複雑な想いに気付かされたのだろう。頑なに心を閉ざしていた彼が、何故か今では、手を伸ばせば触れられる程に扉を開け放っているようで、本多にはそれが空恐ろしいのだった。
何故そうなってしまったのだと、聞きたい気持ちもあった。だが、もしもそれが贖罪であったなら?もしもそれが恩返しなどという見当違いなものだったなら。もしもそれが……復讐だとしたら。
考えまいとして、却って本多はその疑念にとりつかれているのだった。知らず知らずのうちに、先を譲って、半歩遅れながらその美しい姿勢の背を見詰めて、本多は息の詰まるような焦燥を抱えていた。
時間の問題だったのだと、本多は笑顔で答えた。悔しそうに片桐が告げる言葉を聞いても、本多は少しも揺れなかった。同情心が時と共に薄れていけば、この小さな会社には使えない者を飼殺しにする余裕は無いのだと知っていた。
ましてや、取引先の社員と諍いを起こした人間なら尚更だ―結局、本多が松浦の凶行について口を割ることはなかった。だが、申告すれば職を失うのはもっと早かったに違いない。
本多に何があったのか、目敏い克哉が気付いていないとは思わなかったが、珍しくその日の終業時刻ちょうどに誘われた。
<これからお前の部屋に行ってもいいか。>
簡潔に、抑揚のない調子で囁く男に、本多は明るく答えた。何だよ改まって、そう言って笑いながら頷いた。どこか待ち望んですらいたその時が来たのだと思われて、肩の力が抜けるようだった。
帰り道、近頃では珍しく本多は饒舌になって大声で克哉に物を言った。気を遣いすぎだの、うっとおしいだの、悪口ついでにお前は凄いだの、成長しただの衒いの無い褒め言葉も添えて。
プロトファイバーの仕事をもぎ取る以前に戻ったかのように、本多は克哉の背中を叩いては肩を抱き、克哉は困ったように眉根を寄せながらも乱暴な愛撫を甘んじて受け入れていた。
―お前、一体どういうつもりだ。怒りに任せて、床に突き飛ばした克哉の上に圧し掛かり、胸倉を掴んだ手を震わせながら、本多は絞り出すように問いかけた。克哉は首を締め上げられながらも、いつもの不敵な笑みを崩さなかった
差し向かいで飲んでいて、殆ど本多が愚痴っていただけの小一時間に、克哉は無言で杯を傾けていたように思う。無言の圧力に負け、口を噤んだ本多が聞いたのは、信じられない告白だった。
<俺は、キクチを辞める。>
もっと早く言うつもりだったんだが、そう克哉は嘯く。人を食ったような歪んだ笑顔が、癇に障った。こんなタイミングになったことは悪いと思っていると、平然と言い放つ無神経さも。
本多は胸に蟠っていた何もかもをひとつづつぶつけるようにして、克哉を詰った。どんな酷いことを言ったのか、我を忘れていた本多には思い出せないこともあったが、それまで平然としていた克哉の笑みがふと消えた。
呑まれた。ただまっすぐに自分を見上げる克哉の瞳に、魅入られた。ぐちゃぐちゃに踏みにじられた後の乱れ滾った心を、冷たく美しい眼差しが穏やかに撫で、あまりの温度差にぞっとした。
硬直した本多の様子を一瞥すると、克哉は本多の頬に手を添え、静かに告げた。殴りたければ、殴ればいい。言いたいことがあるなら聞いてやる。仕返しがしたければ好きにしろ―そう言って、克哉は笑った。
見惚れた。頑なに固く閉じていた蕾が、ほころぶような……花が咲くような。克哉のそんな顔を初めて見た。蟠りも、焦燥も、怒りも、すべて包み込み熔かすような微笑みだった。
本多がその言葉の意味を咀嚼するよりも、克哉がくちづけるのが早かった。あっという間に奪われた。組み敷いた筈の身体が、本多の腕の中で半身を起こし、呆けた本多の半開きになった唇を塞いでいた。
冷たい唇に反して、本多の酒で火照った口の中を犯す舌は、もっと熱く、凶暴で、克哉の隠れた一面を如実に顕わしていた。探るように、求めるように、貪るように、熱い接吻を受けて本多は漸く分かったことがあった。
切っ掛けが何だったかは知らない。克哉が何を考えて、この期に及んでこんなことをやらかしたのかは分からない。身体の奥、眠らせていた想いが突き上げてくる。長い間、克哉がこうしてくれるのを俺は待っていたんだと。その時が来たのだと、それだけ分かればもう、それでよかった。
息も絶え絶えに、熱い接吻を交わしながら、涎が毀れるのも構わずに吸いついて、舌を絡めて、互いを深く犯し、味わいながら。時折空白になる快感の隙間で、脳裏に浮かぶのは克哉のことばかりだった。
コートの中で克哉を見出したこと、同じコートで戦った束の間の煌めき、挫折した後の思わぬ再会、励ましながら励まされていた頃、プロトファイバーという大きな仕事を契機に変わっていった克哉のこと。
この部屋で(今と逆の体勢で)襲われたこと、路地裏で嬲られたこと、そして松浦に攫われてズタズタに切り裂かれ死に掛けていた時それでも律儀に助けにきてくれたこと、その後癒えない身体を気遣ってくれたこと。
何度も声にならない吐息で、唇を合わせながらその名を呼んだ。繰り返し、繰り返し、求め続けた腕の中に在る者の名を。―克哉!
<―なんだ、いいのか本多。折角のチャンスだったのにな?>
否、これは克哉が口にした言葉ではなかった筈だ。本多が克哉を呼び続けたように、克哉は目で物を云ったのだ。すうと目を細めて、酷く獰猛に笑んだ、只それだけで通じた。
容赦なく、克哉は本多の弱点を突く。未だに癒えない傷を知りながら、本多の抵抗を封じていく。蘇る痛みに、眉根を寄せ、漏れそうになる呻き声さえも塞がれ、呑み込まれながら。騙されそうになる。
体勢をひっくり返されて尚、希望を見出そうとしてしまう。息も絶え絶えに、睨み上げた克哉の表情がどんなに悪辣であろうとも、どれだけ卑怯な手段に及んだとしても。
ガチガチに固くなった熱塊を握られ、呻く。あの事件以降、ずっと鎮まっていた肉欲が、まるで嘘みたいにはち切れそうだった。振り解くことはできない。もう、行きつくところまで、行くしか―道は残されていない。
咎めるようにきつく掴まれ、荒れ狂う奔流が堰止められ、辛い筈だ。熔けるような熱い眼差しが、性器の敏感な粘膜を撫でていくのが。いやらしく濡れそぼった唇を舐める充血した舌が。視覚だけでも逝きそうだった。
それなのにずっとそのままでいたいと思うなんて、どうかしてる。克哉は決して躊躇しない。本多を焦らして、楽しんでいるのだ。それを知っていて、応えたいと思っているのだ。
下品な舌舐めずりで、ソレを味わいたいと云っているのが分かる。利き手をもっと深みに滑らせて、奥に入りたいと、繋がりたいと云っているのが分かってしまう。
本多が叫ぶのは只、克哉の名前だけだ。祈るように、求めるように。あの時、体中から血が失われていく中、朦朧とした意識で、死にゆく身体の中で叫んでいたのと同じように。
他人を、自分自身をも蔑み、舐めた口を利くその唇が、赤黒く鬱血したその先端に吸いつく。全身が戦慄くような、凄まじい衝撃が走り抜ける。さっきまで口の中を這いまわっていた舌が、今度は下腹部で粘膜を舐めている事実に、気が狂いそうだった。
はじめは信じられなかった。その次は、からかわれていたのだと、裏切られた絶望に打ちのめされた。そして今は、信じたいと思っている。本多と目を合わせながら、口腔深くまでペニスを呑みこんでいく克哉の目は挑発的な笑みを崩さない。本多はそれをどんな顔をして見詰めていただろうか。肛門の襞を弄んでいた右手中指が、裡にスルリと忍び込む。咎めるように本多が睨みつけても、急所は克哉に咥えられているのだから、身じろぐことしかできない。分かっていてそういう行為に及び、悪びれもしない。克哉は卑怯だ。そう口に出したら、愉快そうに目だけで笑う、克哉は器用だ。ぐるりと皮を剥くように舌が纏わりつき、呼ぶ声すら上擦る。後ろを犯す指もいつの間にか増やされている。
実際にされて初めて気付くことだったが、快感のツボはそれぞれに独立していて、同時に嬲られると混乱が先に立ち、快感が倍増するという訳ではないということ……前回のことでそう思い込んでいた本多は、今自分の身に起きている異変を感じ、得体の知れぬ感覚に震えた。
克哉にも、本多にも、最早止める理性など在りはしなかったのだ。どこまでも快楽に溺れて構わないのだ。切っ掛けも、理由も、何もかもを飛び越えて互いを求めあう今ならば。
赦しを請うように、快楽に咽ぶように、本多は克哉を呼ぶ。何度も、何度も繰り返し、それでも尚足りないと云うように。克哉、克哉、克哉。言葉にならない想いをひたすらに込めて。
濃密な閨の空気の底、溺れるように本多は手を伸ばす。思うように動かない身体に、焦れ、それでも精一杯の力を込めて、克哉の肩に触れる。健気なその行為に応えるように、克哉は思い切りその先端を吸い上げた。嬌声が上がる。それさえも、かつや、そう呼んでいた。
鼻孔までを侵しそうな勢いの精を、啜りあげ、噎せないように唾液を絡めて、味わいながら飲み込んでいく克哉の満足そうな顔を、本多がまともに見ていたらどうしただろうか。
<いつだって俺は俺の好きにするさ……なぁ、本多>
言葉の意味はどうでもよかった。至近距離でそっと囁くその声色が云っている、本多を呼んでいる。求めている。お前は俺のものだろうと、確かめたがっている。それが本多を狂わせるのだ。
克哉、震える声で本多はその名を呼び、そして克哉が本多の尻を掴み……そして。その時、互いが互いの名を呼び合った。言葉に出来ない想いを込めて。
もしもひとつだけ願いが叶うなら、失われていく意識の中で誰か良く知っている人の声が聞こえた。本多は目を開けたが、誰の姿も見えず、暗がりに一人切りだった。
本多は何を願うの。優しい声の主を、知っている筈なのに思い出せない。願いなんて自分で叶えるものだと、本多はそう信じて疑わなかった。けれど、もし、ひとつしか叶えられないとしたら。
その願いは言葉にならなかった。ただ、失われる意識の中、自分の名を呼ぶ声を聞いた。必死に、縋るように、励ますように、焦がれるように、本多と何度も呼ぶ声を。
まるで野良猫を抓み上げるかのような所作で、克哉は本多の襟を掴み、あまりに唐突な狼藉のために本多は喉の奥で呻いた。
首根っこを掴まれたままの本多は克哉が何をしようとしたかを知って、咄嗟に逃れようとしたが、敵わなかった。ちゃんと締めろと言っているだろう、そう耳元での囁きもおまけに付けて。
克哉のその所作がまるで“奥さん”のようで、本多は大いに照れたが、何もかも織り込み済みといった風に克哉は平然としているのが本多にはいつも気に入らない。
克哉は何も言わない。本多は口を開けたままで、逡巡した。謝罪か、謝礼か、文句を言うのだって構わなかった筈だ。けれど、何も言えないままでいるうちに信号は青に変わってしまった。
本多が諦めて踵を返し、きつく締められたネクタイのノットをいじりつつ横断歩道へと一歩踏み出したとき、ぽつりと克哉は言ったのだ。
<あまり急ぐな・・・先はまだ長いんだ。>
ぴたりと足を止めた本多の横を、克哉はゆっくりと追い越して行った。すれ違いざまに、本多の背中を叩いて。それはまるで、挑発するような所作に思われた。
遅れて一歩、本多は喧騒の中に踏み出した。足取りは決して軽やかではない。泥濘の中を進むように、まるで醒めない悪夢に置き去られてしまったかのように、得体の知れぬ何者かが足元に絡みついているような不快感に耐えながら。
克哉の背中が手の届くところにある。決して振りかえることはしないけれど、本多の前を悠然と、まるで紳士服のモデルみたいな男はさもそれが普通であるようにゆっくり歩を進める。
そんな克哉を追い越して、本多は笑う。ゆっくりなんか、していられないだろう?目を合わせて、からかうように、快活に笑う。纏わりつく不安を吹き飛ばすような、力強い足取りに引っ張られるように、克哉も歩を速める。
横断歩道を渡り切って息を乱している本多を笑い飛ばすことも、今ならできる。もしも願いが叶うなら、本多は自分の力で叶えるつもりなのだ。だったら、克哉は傍にいることしかできない。
あの時、本多がそうしなかった理由、克哉がそうさせなかった理由はその一点に収束する。少なくともその願いが叶うまでは、傍にいてやってもいいと克哉は嘯く。
克哉が立ちあげたばかりのベンチャーは、本多の助けを借りてようやく軌道に乗ろうとしていた。互いに足りないところを補い合いながら、手探りで進むのも悪くは無いと克哉は苦笑いをした。
否、怖気付きそうな心を鼓舞するのはいつだって本多だった。何度駄目だと思っても、決して諦めない本多の強さに惚れているのは克哉の方だと、いつか白状することがあるだろうか。
ちらりと横目で伺うと、本多は満面の笑みで克哉を見詰めていた。きっと言葉にすることは一生ないけれど、一心に願う。涼しい顔をして、決して悟られないように。
並んで踏み出した一歩は、まだ、道の途中。
<おわり/End No.8あの日消えたものAfter捏造>

【一人芝居】
update2011.2.6
反抗的な眼だと、御堂は言った。
自覚したのはつい先刻だ。その時はまだ雨も降り始めて間もなく、ここまで濡れようとは思っていなかった。
徐々に、だが確実に何かが変わっていく。克哉はその得体の知れないモノを恐れた。
黒衣の男も、眼鏡を掛けた自分ではない自分のことも、まるで幻のようだったというのに。
逃がさないとも、御堂は言っていた。
克哉はその時、半ば呆れながらその言葉を聞いていた。真昼間に、自分の執務室で、エリートの御堂が子会社の平社員に向かっていう言葉だろうか。
そしてこうも思ったのだった――何を今更、それをあなたが口にできるのか、と。
出逢った頃と変わらず、御堂は傲慢さを隠しもせず、当たり前のように支配者として振る舞う。否、そうで在らなければならないと信じて、演じているだけなのだ。だから自然と、克哉の返事は宙に浮いたようになる。
度を越した御堂の悪戯に、身体を熱く滾らせながらも、克哉は現実から乖離してゆく自身の精神を眺めていた。
御堂の目も、声色も、湿った肌の熱さえも、克哉を踏みつけにして玩具へと貶めながら、同時に揺らめくような“恋情”を垣間見させるから。
だから克哉は苦しむ。己を切り刻んで海の底にでも沈めてしまいたくなるような狂おしさを、御堂は知りもしないで愚弄するのみだ。
強引に身体を繋がれて、熱を注ぎこまれて、舐られて、抓まれて、捻じ込まれて、揺さぶられて、引っ掻き回されて、引き摺り出されて、声を塞がれて、息の根を止められて・・・気の済むように使い終わったら、屑のように打ち捨てられて。
何が恋だ、何が愛だ。こんなにもオレの身体を、心を、塵のようにしてしまった人間が。奴婢にすら及ばぬ泥人形のように変えたオマエが、支配もせず、鎖で繋ぎもせず、殺しもせずに。何を勘違いしているのだろうか。
黒衣の男の口を借りて、克也自身が抱いていた苛立ちが暴発寸前にまで高まり、ひとつの問いを紡いだ。
「あなたはあの方を憎んでいらっしゃいますか?」
つまりこうだ。オレは御堂を憎んでいる。だから復讐するなら今だと。影絵のような一人の役者が囁くようにセリフを読み上げる。
眼鏡を掛けた時のように、或いは子供の頃のように、散らばる事象を一瞬で繋ぎ合せてしまう無駄な能力を発揮していたのだろうと克哉は自嘲した。
そうだ。オレは御堂の言うように自分の能力を押し隠して、自分を殺しても、何もしたくなかったのだ。
臆病な自分を憐れんで、無能だと信じていたかったのだ。だから眼鏡も、黒衣の男も、すべて克哉自身が作り上げた架空の存在でしかない。
不意に視界の端で何かが動いた。
堂々巡りを起こしそうな思考の迷宮から意識を後退させ、肌の感覚を取り戻し、全身で周囲の気配を探った。
何も知らないふりをして、数歩、歩き出すことにした。物言わぬ視線の主を挑発するように。
翻るカーテンが、視界の隅で蠢く。その方角は克哉の記憶と合致する。御堂がオレを見ている・・・確信した瞬間、克哉は決意した。
他の誰でもないオレ自身の意志で、そう意識した途端、克哉の身体に痺れるような快感が奔った。間違いのある台本は、すぐに修正しなければならない。ずぶ濡れになったスーツは重く、まるで闇に溶けそうな程に暗い色へと変貌していたのも、この舞台に相応しい衣装と思われた。



出来もしないくせに。
体勢を崩し、倒れそうになった彼を抱きしめたいと御堂は思った。
御堂は気付かず、カーテンを握りしめていた。眼下には佐伯克哉がいる。だが、彼にこの手が届くことはないだろう。
雨に濡れて冷え切った体を解すように、彼は屈伸をした。そうだ。早くここから立ち去るんだと念じて、握りしめた手に力を込めた。
御堂の願いは叶えられたように思われた。最寄駅の方角へと彼は歩を進めたから。
何度もそうすることを願っていた筈なのに、彼が去ってしまうと思うと御堂は引き留めたい気持ちを隠すことができなかった。
カーテンを握りしめた手が大きく震えた。それと同時に、彼が倒れる瞬間を目の当たりにしてしまった。
咄嗟にカーテンを引いて視界を閉ざした御堂は、逃げ出したくなる心を抑え込んで、克哉のもとへと駆け出して行った。
御堂は己の感情の湧き出でる源すら、知らなかっただけだ。だが、それは罪だ。罰せられ、糺されるべき“無知”の罪。
視線が交わされることは終になかった。無理やりに繋いだ、手と手の熱すらも、夜中の雨の冷たさに、洗い流されてしまったかのように失せて。
影の様なふたりの姿も、駆け抜ける水音も、雨に掻き消されて。だから、他の誰もが彼らの行方を知らなかった。
誰も知らない、二人の関係に相応しい舞台だった。



世話を焼こうとする御堂の手を制して、浴室の場所を尋ねると、克哉はひとり熱いシャワーを浴びた。
薄いガラスを隔てたまま、感情を窺わせない抑揚のない声で、克哉は御堂にタオルと着替えを要求した。
御堂は何も言いだせないでいたが、克哉はそんな御堂の様子をじっと観察しているようだった。
雨の音さえ遮断された、壁の厚い豪奢な部屋で、案外隙の多い御堂部長の素顔を眺めながら、最後の選択は彼に任せようかと克哉は口を開いた。
「御堂さん・・・」
ほんの少し、御堂は身構えた。克哉は一旦言葉を切って、ふたたび、最初からやりなおした。
「御堂さん、オレは・・・変わりましたよね。」
あなたに出逢ってから。そう言葉を続けると、御堂は痛みを堪えるように眉根を寄せ、唇を噛み締めた。
克哉は髪を拭きながら、何気ない調子でこれまでを振り返ってみせた。
強引に仕事を獲ったこと、契約、そして接待という名の取引。最早意味をなくしたそれらの出来事を。
「そうですね、オレはあなたに眼鏡のことを話しましたっけ。オレがオレでなくなるような不思議な感覚のことを。」
そう言うなり、克哉は掌から眼鏡を取り出してみせた。まるで手品のように突然現れた眼鏡に、御堂は息を飲んだ。
「この眼鏡を掛ければ、オレがオレでなくなる代わりに高い能力を得ることができる。まあ、自己暗示みたいなものですね。」
初対面の折に見せた鮮やかな豹変。取引先から聞こえてくる彼の人物像の奇妙なぶれ。重ならない面影。その境界線を引く眼鏡というアイテム。
オカルトじみた克哉自身の体験をでなく、御堂の思考をトレースするように、あえて客観視した事象を並べ立てた。
御堂がその事象をどう捉えようとも、克哉は構わないとでも言うように、淡々と、物語を暗唱するかのように語った。
「でも、こんなものなんてなくても、オレはオレでなくなってしまった。あなたに、つくり変えられた。」
いっそ清々しいまでの微笑みを湛えて、克哉は御堂を振り仰いだ。言葉もなく、青ざめた唇を震わせる御堂に、構わず克哉はつづけた。
「だから、こんなものはもういらないんです。」
気の抜けたような、意志を感じさせない程にやわらかな微笑みをそのままに、克哉は眼鏡を掌に乗せたまま大きく腕を回した。
宙に放られた眼鏡は弧を描いて壁に衝突し、パリンと音を立てて硝子屑になった。御堂はびくりと身体を震わせ、慄いた。
それは確かに暴力と呼べる行為だったのだろう。御堂と逆方向へ叩きつけたとはいえ、克哉は己の所有物を破壊してみせたのだ。
ぱたぱたと間の抜けた音を立てながら、素足にスリッパを履いただけの克哉は眼鏡の残骸に歩み寄り、その硝子を踏みつけた。
「オレは最後まで、あなたを憎むことができなかった。」
自傷行為はときに鮮烈な快感を生み出す。だが、それを他人に見せつけるのは快感を得る為ではない。自らの血肉を盾にした脅迫めいた要求だ。
ようやく御堂は金縛りから解け、何か叫びながら克哉を制止しようと駈け寄る。しかし、それを克哉は待っていたのだ。
御堂が克哉をどうするつもりだったのか、血だらけの克哉の足から硝子の破片を抜き取り、ともすれば血を舐め清めたかもしれない。臆面もなく、克哉を苛み虐待するその手で、同時に慈しみを与えようとする彼の矛盾を無視できずに、ここまで克哉は苦しめられたのだったが、そんなことを御堂が知る筈もなかった。
決定的に、二人は異質な存在であった。それがそもそもの始まりであり、この終局へと導いたのだ、といえば単純な話だろう。
「こんなの、痛くありませんよ」
振り向きざまに、克哉は御堂の胸に飛び込んだ。掌には、眼鏡の代わりに剃刀を忍ばせて、慈しむかのようにそっとその手を首筋に添えた。
御堂はぎょっと眼を見開いて大声を上げそうになったが、悲鳴は克哉の唇に吸われ、まるで感極まった喘ぎ声にも似た音を立てて鼻を鳴らすことしかできなかった。
普段は取りすましてお高く留まっている御堂の無様に歪んだ表情を眺めながら、蔑むように、または憐れむように、克哉は眼だけで嗤い、御堂の舌を強く噛んだ。
薄れゆく意識の中で、御堂は克哉から与えられた苦痛をどこか悦んでいる自分に呆れながらも、はじめて克哉から与えられる快楽に酔い、深い闇に堕ちていった。
「ね、気持ちがいいでしょう?」
夥しいまでの失血は御堂に異常な快楽を齎していた。死出の苦痛を和らげるための、慈悲。克哉の微笑みは仏の如く、穏やかに、罪多き男の生涯を赦していた。
刹那、何故克哉がこのような暴挙に出たのだろうかと、失われる意識の片隅で、御堂は考えた。
御堂が暴いた克哉自身も知らないでいた仄暗い欲望は、ほんの端緒でしかなく、その奥にはおぞましいまでの破壊衝動がとぐろを巻いていたとしたら。
噴水にも似た血潮の勢いは徐々に失われ、克哉に抱きしめられたモノが痙攣を起こして飛び跳ね、そして最後の一滴が絨毯に吸いこまれ、消えた。滲んで歪んだ克哉の視界では、血に濡れた壁も天井も、そして床との境界も曖昧で、ただただ赤いだけの部屋に取り残されたようだった。
「さあ、はじまりです。これは終りなどではありません・・・はじまり、はじまりです。」
がくりと頭を垂れ、まるで人形のように青白く動かないものと成り果てたそれを、克哉はそっと舞台の中央に据え、振り返る。
謡うように、いつか聞いたように、克哉は朗々と語る。ぱん、と掌を打ち鳴らすと、するすると深紅の緞帳が持ちあげられ、豪と歓声が上がり、嵐の雨音にも似た拍手が割れんばかりに響き、静寂の場を包んだ。
「あなたのためだけの、時間が。」
観衆の注目を一身に受けた克哉が、大げさな身振りで舞台中央を指さすと、世の理に外れたモノが蠢いていた。
それはかつて御堂という名の男であったかもしれず、舞台の袖で靴を踏み鳴らしながらそれの目覚めを待っている黒づくめの男はかつての克哉と同じではないかもしれない。
そしてまた、この世はかつて彼らが生を受けた世界とは時間を共有しておらず、克哉もまた御堂とともに別世界への門を潜ったのではあるまいか――この世の始まりとともに、この物語は結ばれる。
<墜落?VFBより心中End妄想>

【ロリータ・4】
2011.1.24
息を切らせて闇の中を走る、地上の星々の間を抜けて、奔る。君の手は熱く、力強く私の手を引いて。
童話の中のお姫様ならばきっと、王子の口付けを受けて、その身を預け、一歩も歩くことなく抱き抱えられたまま深窓へと連れ戻されるのだろうけれども。
まるで古い映画みたいに、許されぬ恋人同士が手に手を取って出奔してしまう、そんなエンディングも悪くはない。
鼓動が早鐘を打ち、思考は真っ白に塗りつぶされていったけれども、光の海の中を駆けたその眩さと熱は私の網膜に焼き付いて、暫く消えることがなかった。

さて、事の始まりはカツヤに頻繁に掛って来る迷惑な電話に痺れを切らした私が出てしまった所からだったろうか。
電話の相手ときたら張りのある重低音で、しかも大音量で喚くものだから、部屋の何処に居たところで全て筒抜けになるのは当然だ。名誉に掛けて誓うが聞き耳を立てなくても勝手に聞こえてくるので、私が四六時中カツヤに纏わりついて一挙手一投足に目を光らせているせいだ――などとは邪推しないでもらいたい。
曰く、付き合いが悪くなっただの、心配しているだの、たまにはちゃんと会って話したいこともあるんだ等としつこく電話してくる相手に、カツヤは曖昧にまた今度等と言っては素気無く断っているようではあったのだが。ちらりとこちらを伺って、私が剣呑な目つきで睨んでいるのを一々確認するのでは、まるで私のせいでオトモダチに会えないと言っているかのようで余計に腹が経つではないか。
兎に角、何度断ってもしつこく食い下がっては、情けない声でカツヤを下の名前で呼び捨てにする男のことが、私は気に入らなかった。貴重な二人きりの時間を邪魔されるだけでなく、何というか、あの声がこの部屋に響くだけで雰囲気がぶち壊しになるのだ。それに、奴からの電話の間、カツヤは私を傍に寄せ付けない態度を取るから・・・だから私は一計を講じた。
「うん・・・だからさ、お前が心配することなんて何もないって・・・」
追及の手を緩めない奴をどうにか宥めようと、カツヤが思案している隙に、背後から忍び寄った私は携帯電話を取り上げてハンズフリーをONにして、ぽんと遠くのソファに放り投げてやった。奴の声は大きいから、余計に部屋に響くのは致し方ないけれども、カツヤが青くなったことで、私の方は完全に“お仕置き”モードのスイッチが入ってしまった。
「なんだよ、克哉ぁ?何かあったのか、今すげー物音がしたような・・・」
「べ、別に何もないよ。電波が乱れてるんじゃ・・・ない・・・か?」
抵抗できないようにわざと不安定な姿勢のまま、逃げ出そうとするカツヤを抱擁で戒めると、私は呼び覚ました肉体の記憶を元に、シャツで克哉を後ろ手に拘束してしまった。(そんなことばかり思い出すのは、ひとえにカツヤがアブノーマルなプレイばかり私にさせる為に違いない。)快楽の予感と、私との秘め事が暴かれるかもしれない不安から、カツヤは鳥肌を立てて慄いた。すっかり怖じ気づき、懇願の眼差しで見上げるカツヤの姿態は私の欲望を一瞬で支配してしまった。
≪知られたくないなら、彼の言葉に答えてやればいい・・・が、私の知ったことではないな≫
肩まで露出させてしまった、肌蹴たシャツの隙間から手を差し入れて、背後から圧し掛かり耳を咥えて、そっと囁くと、カツヤは声を殺して喘ぎ悶えた。
≪くっ・・・やめてください・・・ばれたら、オレも、あなただって・・・≫
「おい、克哉。聞いてんのかよ、やっぱ何かおかしくねぇか?」
マイクが衣擦れの音を拾って、それがスピーカーから反響してくるのが分かってしまうくらいに、隠しきれない程に欲望は育ち、私もカツヤも興奮に囚われてしまっていた。背徳的であればあるほど、破滅の淵にあればそれだけ、煮え滾るような快楽に溺れてしまうのは私たちの悪い習性だった。結局のところ、似た者同士なのだと、今では私にだって分かっている。
「ごめん、ちょっと・・・具合、悪くてさ・・・っ」
「オマエ、やっぱ何か隠してねぇか?」
何も隠してなどいないとでも言うように、カツヤは毎夜私に全てを晒す。どこをどのように触れば、どれくらい感じるか、啼きながら、快感に従順な振りをして、カツヤはその実、隠しごとをしているのだった。耳を欹てて、こちらの様子を探り出そうとする相手に、正直すぎるカツヤがどこまで騙し切れるものか、甚だ疑問だった。
≪言えばいい、嫉妬深い恋人に悪戯されているんだと。邪魔だから、二度と電話を掛けてくるなと、言え。≫
手早くスラックスの前を寛げると、既に欲望の塊が涎を垂れ流しながら鎌首を擡げているのが感触でそうと知れた。下着を掻き分けて、ぬめりを帯びた熱い竿を握り締めてやると、甲高く甘い私の好きな声が上がった。
「あっ・・・だめ・・・!」
スピーカーからも反響する程に、漏れた声に反応して、電話の向こうで息を呑む気配がした。
「おい!克哉・・・そこに誰かがいるんだな?」
カツヤは私との関係を秘密にしておきたがっていたけれども、一方でそれに苦しんでいたに違いないのだ。懸命に隠そうと、足掻くカツヤに気付いていたのは、電話越しの友人が真実カツヤを思い遣っていた為なのだと。カツヤは気付かない振りをしているけれど、私には疾うに知っていた。
「お願い、本多・・・電話切って!」
「なっ・・・」
切羽詰まったカツヤが縋るように、相手の名前を叫んだ。うっかり呼んでしまったのだと、カツヤがはっと目を見開いて失態を悔いた為に分かったが、その名前には心当たりが無かったので、隠されてしまった過去に関わることなのだと分かってしまった。けれど、それ以上に私は甘い声で他の人間を呼び、懇願までしたカツヤに理不尽な怒りを抱いてしまったから、ペニスを扱いていた左手で唇を塞ぐと、右手で容赦なく扱き、快楽の頂点へと追いやった。刹那、籠ったような声を上げて、腰をがくがくと震わせながらカツヤは私の手中へと精を放った。一言も発せずに、じっと聞き入っていたなら、私たちが何をしているか等すべて筒抜けであった筈だ。カツヤが脱力している間に、私は最後の一手で、私以外の大切なものを奪うべく、電話を拾い上げた。
「ええと、ホンダくんだったか?」
「ッ、その声・・・!?」
私の企みを悟り、カツヤは咄嗟に立ち上がろうとしたが、腕の拘束に加えて、ずり下ろしたスラックスの拘束によってそれは果たされなかった。絶望が君の瞳を濡らしていくのが堪らなく心地よいのは、君がよく言う子供の様な独占欲だけでなく、こんな仕打ちをしてもカツヤは私を手放して何処へも行かないのだと信じられるからだ。打ちひしがれた様子で、脱力し切ったカツヤを無視するようにして私は微笑みさえしながら言葉を紡いだ。
「聞こえていただろう、カツヤは私のものだ。邪魔だから、カツヤに纏わりつくな。分かったな。」
「み・・・」
ホンダが何か言い掛けたのを無視して、私は言いたいことだけを言って通話を打ち切った。静寂が戻った部屋には、克哉の荒い呼吸音だけが聞こえ、妙にすっきりとした気分になった私はさっさと拘束を解いてやった。するりと結び目が解けた途端、克哉は勢いよく振り返るなり、フローリングの床の上へと私を押し倒したので、あまりの珍しさに私は目を丸くした。
「アンタは、今何をやったか分からないんでしょうがね、全く厄介なことを仕出かしてくれたもんです。」
私のか細い両腕をがっちりと掴んで、カツヤは恐ろしい表情を作って脅かしたけれども、ほんの微かにその熱い手は震えていた。だから私はちっとも怖くなどなかったし、それどころか身体の奥が熱く、期待に胸が弾むようなときめきを感じてさえいたのだった。軽々と、両手をひとまとめにして拘束を仕返したカツヤは、私の着衣を瞬く間に取り払い、昂揚したままの秘所を暴いて低く嘲笑った。毛細血管をはしたなく拡張させ、充血に色と固さを変えたその場所を指で突っ突くと、カツヤは己に絡みついた粘液を私の目前に掲げ、舐ってみせた。
「ひとを陥れて、快楽を感じたって訳だ。そんな風になっても、アンタの性根は腐ったままだったってこと、俺は残念ですよ。」
私を責め、辱めるような口ぶりで、怒りの炎を灯したカツヤの眼の奥は、しかし隠しきれない憂いに充ちていた。どれだけ健気な“恋する乙女”の素振りをしたところで、きみの言う通りに、元々私は歪んでいるのだった。大切なものであればある程に、傷つけて、奪って、縛り付けて、閉じ込めておきたいと思う。そしてそれはカツヤも全く同じだと、私だって知っているけれど、敢えて指摘などしてやらないのだ。ふうと音を立てて、わざと溜息を聞かせると、カツヤは切なげに唇を歪め、笑った。その表情はどこか懐かしく、痛々しく、私の胸を打った。
「あなたの心が壊れても、ずっと俺はここにいた。ずっと、ずうっと・・・でも、もうお終いかもしれない。」
小さく、消え入りそうな声で静かに呟きながら、克哉は私の下肢を持ちあげ、割り広げると、慣らしもせず強引に押し入った。激痛が走り、きっと裂けていたに違いないのだけれども、それがどうしようもなく気持ちよくて堪らなかった。その瞬間、もしかしたら潮くらいは吹いていたのかもしれない。
「あぁ・・・かつやッ!」
痛みと歓びに泣き喚く私を半ば無視して、カツヤは淡々と言葉を紡ぎながら、ぐいぐいとペニスを捻じ込んできた。涙で歪んだ視界の中では、きみがどんな表情をして私を犯しているのか分からないことが、酷く残念でならなかった。
「あなたは酷い人だ。俺から全てを奪うまで気が済まないっていうんでしょう。希望の一欠けらも残さずに・・・俺の、全てを。」
こんな状態で何を言ったところで、意味など分かる筈がないと承知で、きみは本音を吐露しているのだろう。只、私に分かったのは、カツヤが“もういちど”私を壊そうとしている、それ位だった。完膚なきまでに、バラバラに、粉々に打ち砕いて、呑みこんでしまいたいのだと叩きつけるような、押し貫くような腰使いからそうと知れた。
「そんなに俺が憎いんですか。俺がそんなに気に入らないんですか。まだ、逃げようとするんですか。」
逃げる――その言葉だけが、ぐちゃぐちゃに掻き回された血みどろの思考の空隙にすうと入り込んできた。衝動が、身体の内側から沸き立つ。血と、涙と、鼻水とで詰まる息を、なんとか整えて、どうしても言い返さずにはいられなかった。
「逃げているのは、お前の方だろう!」
「御堂、さん・・・」
はっと顔を上げて、カツヤが目を見ながら言ったから、それが私の名前だとわかった。まるで幽霊にでも出逢ったかのような顔をして、カツヤは私の身体から離れると、血と糞塗れになった自身を拭いもせずに仕舞い込むなり、ふらふらと立ちあがった。今にも逃げ出しそうな手負いの獣を、逃がすまいと視線で縫い止めるのは私の仕事だった。
≪ここには、もういられません・・・≫
「何故、きみは逃げるんだ?」
≪あいつは、本多はあなたを知っている、この場所も。だから、もうここには来れないんです・・・≫
「彼が何だというんだ、違うだろう。きみはいつだって、逃げ出す算段をしていたくせに!」
≪いいえ、そうじゃありません。逃げられなかったから、おれはここにいるんですよ。こうして、あなたの傍に。≫
「そういうことを・・・!」
何もかもを諦めきったような顔をして、逃げられないならと、カツヤは私の懐に飛び込んで、聞きたくもない言葉を発する唇を塞いでいた。初めて、カツヤの意志でされたキスに、本当は誤魔化されてしまいたかった。それがきみの望みなら。それに、呼吸も、鼓動も、何もかも忘れてしまいそうな深い口付けに陶酔したのもまた事実ではある。うっとりと、宙を彷徨う視線の隅でカツヤが離れる気配がして、私は咄嗟に克哉の足元へとしがみ付いていた。
「どうしても行かなきゃいけないと言うのなら、私も連れていってくれ・・・お願いだから、捨てていかないで。」
惨めったらしく、形振り構わずに、私自身もそのようなことができるのだと驚きながらも、けれどやっぱり逃がすことはできないと思ったのだ。だって、きみは私のすべてじゃないか。駄々を捏ねる子供のように、行ってはいやだと泣き喚くことだって、厭わない。君が本当は、子供に優しいのだと知っているから、私は子供だって構わないんだ。
ふわりと、宥めるように大きな掌が降りてきた。そっと、労わるように撫でながら、カツヤはひとつづつ丁寧に服を着せていき、私はすっかり元通りのように見えただろう。無言のまま、克哉は手を差し出した。前髪に隠れて、表情を伺うことはできなかったし、まるで子供のように本気で暴れた手前、気まずくて顔を良く見れなかったというのもまた本当のことだったけれども。私は嬉しかった。そして、そんな恥ずかしいことは無かったかのように平静さを取り戻し、小さな女王のように、手を預けるのだった。
外の世界が恐ろしくない訳がなかった。私は、この部屋以外、カツヤ以外に何も知らない。ただ、聞きかじった知識や、覚えのない記憶が積み重ねられているだけで、本当は何一つ知らないのだ。けれど、この慣れ親しんだ部屋を去るときに、きみが言ってくれたから。
「強く握っていて下さい。あなたがおれを必要とする限り、離しませんから。」
きみがそう言うのならば、間違いないのだ。私たちが、真に“おなじ”ならば、君もまた私が必要なのだと・・・
そうして私は君と共に、君のいる世界へと踏み出した。居もしない敵に怯える振りをして、強く、君の手を握りながら。
<そろそろ終わり?>

【物質と光】
2011.1.14
深夜、浅い眠りから覚めた克哉は、まとわりつくような熱く固い本多の腕の中で重苦しい溜息をひとつ吐いた。
「馬鹿馬鹿しい・・・なんでオレがこんな風に悩まなきゃいけないんだ?」
醒めた眼で、ガラス窓に映る自分自身を眺める。
眼を凝らせば、そこに居るような気がして、克哉はじっと虚像を睨みつけた。
それは、オレにしか聞こえない声。
≪認めろよ、本当は俺が欲しいんだって。お前は男好きのナルシストだって。素直になればご褒美をやってもいいんだぞ?≫
淫夢――その類の現象なのだろうとは思っていた。
自分を抱きしめたまま熟睡している、元親友・自称「未来の恋人」こと本多憲二がこの夢の元凶なのだろう。
真剣に考えろと言われ、この男が恋人に相応しいかを検討した結果、その可能性を却下して今に至る。
本多は大切な親友だよ――それ以上でもそれ以下でもなく、普遍を望む克哉にとってはその選択をする以外なかったのだが。
夢の中に時折そういった願望が混じることがあった。肉欲に支配され、身体を蹂躙されることに歓びを見出して、あられもない痴態を振りまいてしまう己の中の真実。
暴かれた欲望の焔が、じりじりと身の内を焦がしていく。
この男の欲望を感じて、オレは喜んでいる。
求められて、好きだと言われて、欲しいと乞われて、どうしようもなく嬉しいのは間違いないが、これは恋のように甘い感情ではない。
一人の人間を支配する愉悦だ。
こんな風に求めてくる人間を手放したくはない。それはこの身体と心を差し出すことで交わされる契約では足りないだろう。
≪好きなんだろう?ここがイイんだろう、お前はどうしようもない淫乱だから仕方がないなぁ。もう我慢できないんだろう?≫
理由は単純で、自分自身の体しか具体的に思い描くことができない、想像力が貧困なせいだろう。
ある時は荒々しく、ある時は恋人のように甘く、克哉を組み敷く男は克哉自身と同じ姿をしていた。
近頃は自慰に耽る時でさえ、自分自身の虚像を空想してしまうのだから、克哉はやはりナルシストなのだろう。
「だって、他人なんて信用できないじゃないか」
本当の自身を全て曝け出すことで、快楽の頂へと到達することができる。
どこをどんな風に触れば、傷めつければ痺れるような快感を得られるか。
どんな言葉で詰れば悦ぶのか。鏡の向こうで痴態を晒す自身がどんなに淫らか。
喘ぎ声がどれ程艶やかで、心根がどのように醜悪で、己がどのくらいどうしようもない人間か。
「オレはオレのままで、あいつを手に入れたいと思うんだな・・・」
謎かけのような言葉に、本多が身じろぎをするのを見て取って、克哉は本多を放り出すことに決めた。

MGNの御堂孝典開発部長は子会社の平社員である佐伯克哉の躍進を好ましく見守っていた。
生意気さと、気弱さを巧みに使い分けるような器用さについては未だに理解できないでいたものの、容姿や能力はいずれ自分を越えていくだろうと予感させる域にあった。
加えて、御堂は佐伯を性的な意味でも気に入っていた。
いずれは自分の下に引き入れて、育ててみるのも面白いだろうと、あくまで近い将来の可能性として想い描く程度のことだったが。
そういえば今回のプロジェクトが終われば彼は主任に昇格するのだったなと、御堂は微笑んでいた。
≪御堂さん、個人的に相談したいことがあるのですが・・・お時間いただけませんか?≫
人好きのする弱い笑みを消して、佐伯は視線に熱を込めた。まるで挑発するように。
会議が終わって間もなくだったので、片桐や本多も彼の行為に気付いていた筈だ。奇妙なことに、克哉はそれを見越して行動したようだった。
本多の表情が強張り、御堂に視線をすべらせて敵意をみせた。その密かな攻防を、御堂は楽しむ余裕があった。
「どういう風の吹きまわしだ。私は構わないが・・・君お得意の接待でもするつもりか?」
意地の悪い笑みを浮かべて佐伯を観察すると、今までにない艶めいた表情を返してきたので、御堂は内心動揺した。
他人の眼を無視していた頃の彼ならいざ知らず、この頃の佐伯の本多への態度は含蓄のあるものだという直感は確信へと変わった。
本多が克哉に向ける無遠慮な思慕、そして御堂が克哉に向ける意味深な関心。
そのどちらをも知りながら、佐伯は嫣然と笑むのだ。好奇心を剥きだしにした光る瞳に、魅せられる。
≪ええ・・・そうですか・・・それでは、楽しみにしていますね≫
気付けば乗せられていた。佐伯の瞳の奥に、深刻な問題を垣間見たといえば聞こえはいいかもしれないが、眼の前の餌に飛びついたも同然の失態だった。
憂いを帯びた横顔に、そそられた。泣かせたいと思った。自分がこんなに素直だったということに御堂自身驚いていた。
苦々しい面持ちの本多への憐憫さえも浮かべて、御堂は満足げにほくそ笑んだ。
そして御堂は佐伯と同じ印象を持つに至った――御堂と克哉は似ている――しかし互いに理解しあうことはないだろう。
≪初めてあなたにお会いした時のオレを、覚えていらっしゃいますか≫
乾杯の後で、佐伯克哉は御堂に相談を持ちかけた。暖色の照明にやわらかく照らされた佐伯はうっとりと眼を細める。
その眼差しは御堂を見ているようで、過去のその時に向けられているようでもあった。
「君は実に生意気で無礼な若造だったな。しばらくは苛立ちが治まらなくて――」
冗談めかして、佐伯が素直に反応を返すのを肴にグラスを傾けた。
俯いて恥じらいながら、伏せられた眼は確かに、御堂以外を想っていたのを確認しつつ、観察を続ける。
恐縮して謝罪を繰り返しながらも、それは予定調和の輪の内にある計算された行為なのだろう。
そしてそれに無自覚なところが彼の大きな欠点だと御堂は思う。
≪では――今のオレをその時と比べてどうお思いですか?≫
今度は少しだけその意味を自覚しながら、彼は御堂を見つめた。
その前に君は私をどう思ったか聞かせてくれないかと問えば、途端に顔を赤らめてうろたえるのを見て、御堂は少しだけ安堵する。
ぽつり、ぽつりと端的な印象を彼は並べていく。ひとつづつ、分析を積み上げていく。
その形容詞の中に「格好いい」だとか「優雅」だとかいう賛辞をみつけては御堂の貌も緩んでいく。
全体としては若くして仕事のできる「見た目のよい」完璧な男という、まるで褒め殺しのような評価に流石に苦笑もする。
≪あの時のあなたは完璧でした。だからオレは心から「変わりたい」と思ったんです―≫
まるで告白めいた述懐に、息を飲む。普段は殆ど隠し通している彼の意志の強い目が垣間見える。
オレは変わりたかった、そう佐伯は咀嚼するように呟いた。
どうやらその言葉は御堂の願望である「告白」ではなく、ただの独り言のようだった。
未だに彼は御堂に正面から向き合ってはいないということに、苛立ち、自嘲した。
「君は変わったように見えるが、その実、君は頑なに変わるまいとしているのではないか?」
唇で違うと言いかけて、佐伯はそれを言葉にはしなかった。そして曖昧な笑みを浮かべる。
抽象的な相談だ。このプロジェクトの始まりから、3ケ月が経過しようとしている。
出逢って3ケ月。怒涛の仕事量、そしてそれが正しく報われ、目算以上の成果がいま眼の前にある。
≪あなたに逢って初めて、こうありたい自分を見つけた――と言ったら、ご迷惑かもしれませんけど≫
憧憬混じりの双眸は、これがプライベートの会食であることを思い起こさせた。
不思議なことに、佐伯は仕事でもプライベートでもほとんど変わらないように見える。
身を守るように作り笑いをすることもせず、あまりにも素直な表情に、営業先では実直さを感じさせているのだろう。
虚飾がないようでいて、それが彼の通常業務のようにこなされているのではないかと、強い関心による監視の結果、御堂は推察する。
「君は――私のことを聞かないんだな?」
皮肉を利かせて軽口を叩くと、思いがけなく佐伯は破顔した。心底おかしいといった様子で。
肩を震わせて笑う佐伯に、失言だったかと思うが、眉を顰めればそれも見咎められ、また笑われた。
口から出る謝罪とは裏腹に、彼は明らかに面白がっていた。不機嫌になる御堂を宥めているのもまた本心からの行為なのだろうが、しかし。
≪すみません。でも、あなたをからかおうと思っていたんじゃないんです。ただ、慣れなくて・・・≫
彼はその後に続けてはっきりと言った。他人に興味を持つことと、持たれることの自覚に慣れないと。
その言葉の裏に、本多の影がちらついた。明らかに佐伯の行動は本多を意識したものだったと分かる。
本多が先刻の佐伯の申し出にうろたえていたことを思い出し、密かに憐れんだ。
無知の知、とはいえ駆け引きすら分からないで佐伯は御堂のもとに来た訳だ。そんなものは言い訳だと、御堂にも判る。
「あまり上手くないな。君は・・・相談だと言って、一体私に何を求めているんだ?」
数秒黙ったまま首を傾げて、佐伯は不思議そうに瞬いた。その眼は、御堂に問い返していた。では、あなたは何を求めているのかと。
≪まだ「相談」は途中です・・・さっきの答えでは、オレは納得できない。教えてください、御堂さん。≫
聞きたい答えは何なのだと訊くのが正解だったのだろう。
独り善がりの頑固者は御堂に詰め寄る。身を乗り出して、真摯な表情を滲ませる。
彼が変わったのではなく、彼に近付けたからこそ新たな面が見えるのではないかと御堂は思う。
そんなことさえ歯牙に掛けず否定されてしまったら。焦燥が御堂を突き動かしていた。
「君がどうしてもと言うなら、教えてやる・・・」
そう言い捨てて、御堂は佐伯の顎を掴み、何か言いかけて半開きになった唇を強引に奪っていた。
舌を挿しこんで唾液をかき混ぜていくうちに、驚愕に見開かれた眼の色が、徐々に柔らかく潤んでいった。
じっとその奥を覗き込んでいても埒があかず、視線を絡ませたまま拘束を解いた。
≪こんな所で・・・あの、御堂さんって意外と大胆っていうか・・・びっくりしました≫
所在なさげに眉を八の字に寄せて、頬を赤らめながらぼそぼそと呟く佐伯は可愛らしくはあったが、しかし。
好意に自覚的ながらも、上の空――ということは、別の想い人でもいるということか。
そして彼が変わろうとするのも、その人間の為なのだろう。どうやら本多ではないようだが。
佐伯の彷徨っていた視線が其処此処で留められる。磨かれたスプーンや、すべすべとしたプレート、空のグラス。
俯瞰すれば、鏡映しの佐伯の姿が小さく散乱して蠢いているのが見えただろうか。
「気に入らないな」
突き放したように告げれば、いつかのように項垂れる彼がいた。しかし口元には笑みが浮かんでいた。
安堵からでも、自嘲でもなく、どこか満足げな表情に、御堂は本気で怒りが湧いてくるのを感じていた。
突沸するように、我を忘れて。予め用意した台本の通り、役者二人は手洗い場にもつれ込み、絡み合い、貪った。
飢えていたのは佐伯の方だが、食らい尽くしたいと思ったのは御堂の方だった。
≪欲しいんです・・・≫
情欲の色より深く、湿った声で佐伯は啜り啼く。葡萄酒よりも、血潮よりも濃く、絡みつく音色で。
擦れ合う場所から泡が立ち、その球はしばらく消えずに流れ落ちていく。
皮膚の上に乗ったフレグランスが速度を上げて揮発し、霧散し、体臭とともに密室を満たしていく。
吐息が、荒い鼻息が、熱を上げた身体から発するものが、一面の鏡をじわじわと曇らせていく。
ミストが光を吸って、空気全体が輝きを放つようだった。蒸し暑い。汗を滲ませながら、掌は着衣に皺を寄せる。
「なら、差し出せ」
眉根を寄せて、かぶりを振る佐伯。色素の薄く、毛足の長い髪がふわりと広がる。汗が散る。
眼頭は緋色に染まっている。強く瞑ったままの眼を見遣れば、睫毛を震わせて、込上げる感情を抑え込んでいるようだった。
欲しければ差し出せばいい、おまえの全てを。欲しい癖に、何も奪われたくないなんて我儘に過ぎる。
佐伯は嫌だと言う。その眼、貌、全身で否定する。御堂を射抜くような眼は、初対面の折に一度だけ見せたものだ。
獰猛な獣性を感じさせる佇まい、堂に入った弁舌、観客を虜にする大胆なパフォーマンス。御堂されも魅せられたあの刹那の彼。
≪すき、なのに・・・≫
独白だった。佐伯の言葉は全て御堂を素通りする、独り言だ。熱が引いていく。発汗が表皮から熱を奪うように。
届かない。響くことがない。未だ嘗て、何人も踏み込ませなかった雪原が、純白の平野があった。
驚くべきか悲しむべきかはさて置き、未踏であるのは身体ではなく、精神の領域のことだ。
傷一つないように恐れ、逃げ続け、護ってきた不安定な心を。彼は今揺さぶられている、その内側が透けている。
熱に浮かされたような濡れた瞳が、ようやく御堂を捉え、眼の奥深くを覗き込んだ。
小さな水面が、揺らぐ。この眼は誰のものか。この眼に映っているのは誰か。交差しながら、近づきすぎた距離に眼が眩む。
この刻に至って、ようやく御堂は身の内に芽生えた衝動の正体を知った。
「きみは、私と同じなのか・・・?」
半端に裏返った声は情けなく反響し、鏡越しに、佐伯は唇を動かす。音の無い、応え――否、それは反響に等しい。
――おれは あなたと おなじ ですか――
御堂はゆっくりと獰猛に笑いながら、言葉を失くしたまま、佐伯克哉に楔を打ち込んだ。
永遠に混じり合うことのない皮膚を擦り合わせて、この刹那だけでも、熱を等しく分けあうような。性欲だけでなく、恋に限りなく似た、鏡越しの・・・

どこか気だるい、情事の雰囲気をひきずったままのあなたを見つめていると、胸の奥を鷲掴みされたような息苦しさを覚えてしまう。
休日、平日、昼夜を問わず、気まぐれにあなたはウチを訪れる。なんとなく寄っただけだという素振りが憎らしい。
笑顔で、軽口を叩いて、そっと触れて、心を砕いてあなたを迎えるのは何度目か。
実は会話の詳細や所作に至るまでのすべてを記憶しているとまではあなたも知らないのだろうけれど。
何気なく、まるで意味など無いようにさりげなく、神経を尖らせて彼を探っている。
まとわりつく隠微な匂いがどこから立ち昇ってくるのかを嗅ぎ分けようとするように。
≪太一ってなんか・・・かわいいよな≫
ふふ、と優しく柔らかく笑みながら投げかけられたのは、酷薄なまでにまっすぐな好意。
兄が弟に対するような、いや、他所のペットを撫で回すような無神経さを孕んだ「かわいい」だ。
思いがけなく好かれて、驚きながらも「まんざら悪い気はしないから」かわいいなどと思うんだろう。
知らないからそんなことが平気で言えるのだ。
鎖で繋がれ、飼い慣らされたように見えても。この身体は、この心は、こんなにも飢えているのに。
涎が毀れそうなくらいに溢れてくる。鼓動が早鐘を打ち、吐息は荒く乱れ、身体の芯から熱く熔けていくようで。
傷つけたい。舐め回したい。縛りつけたい。食べてしまいたい。乱暴に犯したい。奪いたい。殺してしまいたい。
「どうせ・・・オレなんて、弟みたいにしか思ってないくせに。からかわないでよ、克哉さんったら。」
けれど本人を眼の前にしては、何も言えなくなってしまう。臆病な自分は、今や逆のことを望むようになっていた。
あなたに飼い慣らされたい。支配されたい。繋がれたい。酷く犯して欲しい。傷付けて、痕を残して。奪い尽くして。
どこか遠くに攫って。あなた以外誰も知らないところに閉じ込めて。血を啜って。いっそのことオレを殺して。
嫌いにならないで。いなくならないで。オレを置いて遠くにいってしまわないで。
≪んー。オレは他人のこと、かわいいなんて言わないんだけどな。太一は特別だよ?≫
わざとらしく拗ねてみせたオレに、悪戯っぽくあなたは笑う。それは凶悪なまでの誘惑。
狂気じみた執着。嵌められたままの首輪が、膨張し続ける飢えを締め付ける。引き千切ってしまいたい。
こんなにも穏やかな日常に、猛獣が放たれたらどうなる?こんなにも善良な青年を煉獄に引き摺りこむつもりなのか。
心から笑いながら、他人を踏みにじることのできる人間を、悪と呼ぶのならば。
どうしようもない悪人だ。オレも、そして克哉さん――あなたもそうでしょう。
「あぁもぉ、しょうがないな。今回だけ特別サービスだからね!」
困ったように笑うあなたを無視して、伝票を取り返そうと伸ばした手を捕まえて、オレはお代代わりにその頬にキスをした。
目を丸くして頬を染めるあなたに、少しは意趣返しができたとオレはほくそ笑むのだ。
残念だけど、今はまだ、あなたの罠には嵌ってあげられない。だってさ、罠に掛けられるのは、あなたの方だから。
オレはあなたよりもずっと悪い人間だから、安心して。オレのところに堕ちてきなよ。
太一がにっこりと営業スマイルを作ると、克哉はすうと眼を凝らした。まるでその奥に“居る筈もない誰か”が隠されていると疑うような視線に、太一は気付かないふりをした。
<恋に限りなく似たAfter→祝祭の果実 おわり>

【ブラックをひとつ】
2011.1.13
御堂孝典は絵に描いたようなエリートだった。だが最早その姿は過去形でしか語られないし、今の彼は恋に溺れた愚かな男でしかない。
あと一息で長年の目標地点へ到達出来た筈だった。彼にはそれが成し得たのだ。
彼自身も信じて疑わなかった。そしてこれも過去形でしか語ることができない。
御堂は彼自身の犯した過ちに、罪に濡れた恋情の泥濘に嵌り、身動きが取れなくなった。
それが決定的となったのは、あの雨の日の出来事を端緒とした小さなミスで、完璧主義の彼は傷ついた経歴を望まなかった。
罪も、罰も、何もかもを置き去りにして御堂は舞台から降りたのだった。
以前から誘いを受けていたのを幸いと、退職早々に乗り換えた新しい職場での最初の仕事といったら挨拶回りと相場が決まっている。
コネクションは社会人の生命線だ。御堂はその信念に従っただけだと言い訳をして、挨拶状を書いた。
最後に手掛けたプロジェクト――座礁してしまったとはいえ、それまでにない協力体制で気持ちのいい仕事が出来たと思うのに。
御堂は恋に狂っていたのだ。
想い人へ宛てた葉書は、他の人間に宛てたものと違っていた。寧ろ、他の人間宛ての葉書はカモフラージュだと言いきってもいいくらいだった。
御堂のプライベートナンバーが記されたその意味を、どんな風に思うだろうか。その数列を綴った瞬間にも、御堂の心は飛翔してしまっていたけれども。
――克哉――
唇を動かして、口の中だけに、彼はその名前を噛みしめるように呟いた。
MGNの部長職に満足し切っていた忙しなくも空しい日常はもう戻らないのだと悟っていた。
足りない。心にも身体にも、まるで空白が生じてしまったかのようだった。
例えば、仕事中に部下の作った資料を添削しているとき、思い浮かぶのはあの男が創り出す美しいプレゼンデータであったり。
親しげに声を掛けてくる人間の笑顔に、どこまでも透き通ってしまいそうなあの男の笑顔が重なって見え、胸の奥を掻き毟りたくなるような焦燥に駆られたり。
出張先のホテルで酒を飲みながらキーボードを叩いていると、居る筈もない気配を感じて、空っぽのベッドを振り返ってしまうこともあった。
真っ白で乱れのないシーツの上に横たわる獣は、自由を奪われて尚、御堂を睨みつけて唸り声を上げていた。
反抗的な目だと思った。従わせたい。啼かせたい。支配したい。快楽に溺れさせて、隠された貌を暴いてやりたい。
絶え間なく湧き上がる欲望に、身の裡が発熱するような衝動に、御堂が気付いたのは「接待」を始めてからどれ程経過した頃だっただろうか。
彼自身も知らなかったその感情は、その男によって引き出されたもの。黒く、苦く、熱く、甘く、エリートの殻を焼き焦がし、溶かし、塗りつぶして、御堂を変えていった。それなのに。
佐伯克哉は御堂の傍から消えてしまっていた。いや、眼の前から消え失せてしまえば忘れられると、元の自分に戻れるのではないかと彼は期待すらしていたのだけれど。
結果は全くの逆だった。
克哉とともに、御堂は彼自身の持っていたものを置き去りにしてしまったのだということを、今思い知らされていた。
取り戻したいのか、元いた場所に還りたいのか。どんなに問いかけても、答えが出ることはなく、唯一つの結論だけが存在感を増して目の前にあるのだった。
あの雨の日に、御堂を訪ねてきた克哉をカーテンの陰から呆然と見下ろしていた。
降り出した雨に濡れていくスーツの色が変わり、震えながら自らの身体を抱きかかえて、全身でなにかを希求する姿を見詰めながらも御堂は身動きすらとれないでいた。
――逃げられると思うな――
執務室でかつて囁いた言葉は、今となってはまるで逆だ。この想いからは逃げられないのだと、日常に存在している確かな空隙を認めざるを得ない。
逃がしてはいけなかった。完全に服従させて、隷属させるまでは決して。混乱の極みに追い込んで、絶望の淵から救ってやれば、偽りの愛情を抱かせて、永遠のしもべにさえ出来たのではなかったか。
御堂がそうしなかった理由は漠然として未だ像を結ばない。
恐怖に駆られたのかもしれない。ひとりの優秀な人間を、自らの爛れた欲求の捌け口に使い潰して、輝かしい将来を奪う罪深さに慄いたのだろうか。
あの男は美しすぎたのだ。だから、醜い本性を暴きだせば気が済むと思った。つまらない人間ならば、いずれ飽きもするだろうし、罪の意識に苛まれることもなかった筈だった。それまでの御堂ならば。
淫蕩な身体に翻弄され、切なげに零した涙に見惚れていた。決して屈しない強固な意志に、仕事で意趣返しをしようという健全過ぎる思考に、ある種の羨望をすら抱いた。
羨望・・・佐伯克哉は御堂とは全く異なる種類のパーソナリティであったのに、未成熟で不完全なその男が欲しくて、馬鹿なことを口走ったものだ。
築き上げてきたこの地位は、卑怯な手段で一人の人間を籠絡するための道具などではなかった筈だ。
だから、捨てたのだろう。罪に汚れた地位を、歪めてしまった人間を、捨て去ってしまえばやり直せる筈だから。
だが、逃げられはしなかったのだ。振り返れば足元は泥に塗れていて、抜け出せはしない。最早手遅れなのだ。
一本の電話が、御堂を現実に引き戻す。ナンバーディスプレイには見知らぬ番号が表示されている、その意味は理解していた。
数度のコールをやり過ごして、悪足掻きをやめようと深呼吸の後に、通話ボタンに手を掛けた。
虚勢を張っていても、手は汗でびっしょりと濡れていた。営業用のトーンで応答するのが精一杯だった。
まとまりかけていた思考の綾が解けて、霧散してしまう。空白に覆い尽くされる。聞こえるのは、懐かしく、狂おしいほどに求めて止まなかった声。
「御堂さん、あなたに」
この時、どこかで君は電話を掛けていて、電波を介して今私たちは繋がっているのだ――甘い幻想に堕ちていた御堂には、違和感を覚える注意力などなく。
低く落ち着いたトーンの、微かに籠ったような声音に酔い痴れたように、御堂はうっとりと眼を閉じて聞き入った。
熱を孕んだひとつひとつの音節を、舐めるように味わい、再び我が物とするために噛み砕くのだ。
「あいたい・・・」
その男――佐伯克哉が何の目的で電話を掛けてきたか。初めて出会ったときの変貌を、薄気味の悪い変わり身を忘れてしまったかのように、あっさりと罠に掛けられた御堂を、その男は腹の中で嗤ったに違いなかった。
心中を真っ白に塗りつぶされた御堂が、返す言葉すら失くしてしまったということは、それ程までに佐伯克哉を愛し過ぎていることは、電話越しでは伝わっていない筈だった。
そして御堂もまた、甘く、偽りの愛を囁くその声の持ち主は、コーヒーをブラックで飲むのだと、まだ、知らない。
<空白の存在感・御堂side おわり>

【明星】
2011.1.12
日本人のくせに、などと揶揄されながら佐伯君は本多君の強引な誘いを断り切れなかったようでした。
桜が嫌い・・・こっそりと打ち明けられた『その理由』は、きっと僕なんかには打ち明けられないんでしょうね。
「実はね、僕もあまり春は好きじゃないんですよ」
そう相槌を打つ私に佐伯君は、理由を聞こうとはしてくれませんでしたから。
寂しそうに、どこか苦しそうに笑う君を黙って空笑いで見送りながら、不安な気持ちに襲われてしまうんです。
寂しい、苦しい、脅迫めいた焦燥がじりじりと僕の中を燻ぶっていました。
春は萌える。命が息を吹き返したように溢れ出し、歓喜の中で踊り狂うのです。だから僕は春が嫌いです。
僕を置いて、幸せになっていく君たちを見ているのが辛いのです。
いいえ、勿論それだけではなく、心底幸福そうな微笑みは僕の心を満たしてくれるのです、その時は。
幸せになってしまった君たちは、きっと僕みたいな『脇役』のことなんて忘れてしまうのでしょうね。
そのことが、年々耐えがたくなってくるのです。
そういえばあんなにも溌剌として入社した君は、8課にきたときはもう、すっかり萎れてしまっていましたっけ。
そうですね、それも春のことです。
僕はね、俯いてばかりいた君が、だんだんと僕を見てくれるようになって、とてもうれしかった。
一目見たときから、君が聡明な人で、こんなところに来るような役立たずなんかじゃないって知っていましたから。
だから知ってほしかった。
君には力があると、その力があればこんなところにいなくてもいいと気づいて欲しかった。
早く出て行って欲しいと、そう願いました。
僕を置いて・・・早く出て行って下さい、お願いですからと・・・いつからか祈るようになっていました。
それなのに、君は優しいから。普通のこともまともにできない、時代遅れのくたびれたオジサンの面倒をよくみてくれましたよね。
≪オレ、優しくなんかありません。優しいのは片桐さんです。≫
きっぱりと断言する君に、反論などできませんでした。ああ、いつだって君は眩しい。
仕事が思い通りにいかなくて、自己嫌悪に陥る君は、周りにどう思われていたのかなんて知りもしないでしょうね。
8課の仲間たちには、その完璧主義なところが、そしてそんな自分を卑下するところが疎ましいと思われていたなんて。
君は自分にも他人にも潔癖すぎて、だから苦しいのだと気づいていないのです。
でも僕は、君に綺麗なままでいてほしいと思いました。汚れてしまえば楽になれるのに。
脆くとも、儚くとも、君は美しかった。君は僕の憧れでした、なんて言うと面映ゆいですけどね。
僕ではない、誰かを君は見て、そして君の輝きはますます強く、澄んで、逞しくなっていったでしょう。
素敵な運命の相手に惹かれ、やわらかな君の内面は作りかえられていく、それを間近で見せつけられる。
目が離せなかった。
季節が過ぎることで、緩やかな変化がある以外は、何もない僕の人生で、この道のすぐそばで。
残り少ない道の途中で、君にはまだ先が見えない程の道の途中で、偶然に交差しただけの。
道端の花が咲いた喜びよりももっと強く激しい光が、熱が、僕の胸を焦がす。
「そうだ、花束を贈りましょう。」
ぽんと手を打って、浮足立つ気持ちのやり場を見つけたと、素敵なそのときを、風景を思い描いて。
幸せそうに、そして意思を込めた強い眼差しで、最後に僕を見る君のその姿を・・・僕は、僕は。
いつものように笑って、見送ることができるでしょう。
そう、何もかも空想でしかなかったとしても、きっとこの未来はやって来る、確信が僕にはあったんです。
今だけは、この季節だけは、いけないんです。心がざわめいてしまう。
出会いと別れの季節・・・もう春なんてこなければいいと、来年にはひとつ余計に思うのでしょうね。
吐いた溜息が橙色で、ゆっくりと視線を向けた先に、珍しいものを見つけました。
慌ただしく花見の支度に仕事を片付ける課の面々の、向こう側、大きなガラス窓のさらに向こう側。
「片桐さん、一生懸命に何を見ているんですか。」
夕日と1番星が寄り添うように燃えて。
僕は、僕は。赤い太陽に染められた頬を君に見られたくなくて、見事な夕焼け空に見惚れている振りをしました。
<おわり>

【狂い咲いた夜に】2
2011.1.11
冷や水を浴びせられた。文字どおり、頭からぶっかけられて、俺は自分が気絶していたと分かった。
終わったのだ、何もかも。復讐という名の美酒に酔った、束の間の饗宴は・・・。
「本多・・・?」
何が起こったのかはよくわからなかったが、俺の計画は頓挫した。そして眼の前には空になった紙コップを手にした本多が何も言わずにこちらを見下ろしていた――とても静かな眼差しで。
ああ、本当に何もかも終わってしまったのだという実感が徐々に身の内を満たして行った。
余韻のように、痛みが浸食していく。身体が震えた。春の夜は、素面の身体にはまだ寒すぎるようだった。
奇跡のような桜も、周りの木々と同じくまるで枯れ木のような裸になって、圧倒するような薄紅色の、豪奢な面影すらなくなっていた。
夢のように、忽然と消えてしまった風景、それは懐かしいなにかに似ていたような気がした。
「佐伯は・・・いないのか」
あまりにも本多が何も言わないので、思いついたままを口に出すと、本多の表情が歪んだ。
ああ、そうだ。本多の『現親友』兼『恋人』の佐伯克哉を俺は、復讐のために強姦しようとして――それから?
その後からはどうにも記憶がはっきりしなかった。訝しげに見上げる俺に呆れたように、本多は溜息をひとつつき、投げやりに言葉を連ねた。
「克哉がお前をフクロにして、俺を振って、後はなんとかしろって言って、で・・・帰った。」
佐伯が俺を?確かに本多は身動きがとれないようにしっかり縛ったので、奴でないのは間違いないが、あの佐伯が俺を?信じられない。
ずっと前に本多が佐伯を怖い奴だと言っていた気もするが、鼻で笑って本気にとらなかった。
まるで魔法のように本多を救い出し、魔法のように消えた佐伯。さっぱり訳がわからない。
そこでようやく気付いたのは、さも面倒そうに羅列した言葉に紛れこませていた、本多にとって認めたくない事実だった。
「本多・・・お前、振られたのか。」
ますます顔を顰める本多は、それまでの威圧感はどこへやら、情けない風体で。
なんだか間抜けな問いかけだとは思ったし、殴られそうな言葉だとは思ったが、口に出してしまったものは仕方がない。
だが、何故?
二人の仲が気に入らなくて、壊れてしまえばいいと思ったけれど、それは壊れそうにない絆を感じたからなのに。
そもそも望みが叶ったのに、ちっとも感慨がないのは何故だろうかと自分に問いかけたくなる。
「やっぱり、俺のせいか。」
うっかり謝ってしまいそうになって、寸前で踏みとどまる。
まだ俺はこの男を、過去の罪を赦していないだろう。だが、しかし・・・
本多はさっきからずっとあらぬ方向を見ては溜息をつき、を繰り返していて、俺の言葉なんてまるで上の空だ。
こんな奴に――情けない振られ男に――何を言ったって無駄だとは思ったが、ほとんど身動きできないのを言い訳に、ただ黙って待っていた。
一枚残らず散ってしまった桜の残骸の上に、凍えるような夜の帳の上に、沈黙が降り積もっていく。
長い長い沈黙、それを苛立たしいとはもう感じなくなっていた。ただ、空しいだけだった。
「・・・わかんねえよ」
何を問いかけたのかも忘れかけた頃になって、ぽつりと、呟くようにそれだけを言って、本多はようやくこちらを向いた。
わけわかんねえんだよ、あいつ。何考えてるんだか。色々考えてるくせに何も言わねえし――とか何とか本多はぶつぶつ言っていた。
どうやら、本多と佐伯はそれほど依存しあっていたわけでも、理解し合っていたわけでもないらしかった。
だが、本多以上に俺にも佐伯のことはさっぱり分からなかった。
利己的な自己犠牲――あの頃のプレイで感じたそれが、形を変えたものがこの結果だとすれば、奴の意図するところは・・・
「仕事、ちゃんとしろってよ・・・克哉が言ってた。」
佐伯からの伝言、それは俺たちとは全く違うところを見ていて、だからこそ奴らしい言葉だと思った。
成程、仕事ね。
今回のプロジェクトは本多や佐伯、そして密通者に翻弄され、ずっと苛々し通しだったことを、まるで遠い昔のことのように思い出す。
そうしてたまった鬱憤が――そう、俺はこのプロジェクトにかかわりたくなかったのだ、MGNの部長に直談判までして――最悪の形で破裂して、最低の結末を迎えた。
俺の想い描いたものが何だったかは今になっても分からないが、本多の想い描いた未来も、佐伯のもきっと、全部終わってしまったのだ。
だから最後に残ったのは、三人に等しく与えられた仕事だけだった。単純だが、俺も本多もそんなことを綺麗サッパリ忘れてしまっていた。
時が経った。皆それぞれがあの頃と違って、社会的な地位と責任を持っているのだ。過去への感傷だけで、全てを投げ打つことなどできない。
≪社会人として、当然だろう?≫
なぁ松浦・・・と佐伯が微笑みながら囁いた――幻聴かと思えたそれは、もしかしたら気を失う寸前に佐伯が言い聞かせた言葉なのかもしれなかった。
敗者へ追い打ちを掛けるような、冷たい言葉に思える。けれど佐伯にとっては“当然”のことなのだろう。
「やるさ・・・。だが」
視線が交わされる。思ったよりも落ち着いた表情ができている、いや、気が抜けているのか?
いつもの皮肉めいた笑い顔で、事も無げに言ってやる余裕が、今の俺にはあった。
「お前はどうなんだ、本多?平気な顔で佐伯と仕事なんてできるのか。」
一瞬で怒りを滾らせる本多の目をまっすぐに見返しながら、これこそが俺の望みなのだと思えるのだから、滑稽極まりない。なぁ本多、こんなに捻くれた俺の気持ちがお前に分かるか。分かる訳がないな。
思いが通じなくても、仲直りなんてできなくても、元通りにはならなくとも。
本多を怒らせようと焚きつけている位は通じているように、ある程度は分かりあえるのだ。
昔あったことは、無かったことにはならない。蟠りは消えない。お互いが顔も見たくない仲だとしても、それでも。
佐伯は仕事をやるつもりなのだ、この3人で。できると思っているのだ。
ああ、確かにな。本多、お前が言ったことは正しい。佐伯は恐ろしい奴だ。
「松浦、お前はいいよな。克哉が手加減してくれて、顔は無事だぜ?」
歪んだ笑みに怒りを隠しもせず、せせら笑いながらまっすぐに本多が俺に歩み寄る。
勿体ぶるようなゆったりとした歩みは、重量感たっぷりだった。
「どこがいい?」
そう聞きながら、答えも待たずに本多の拳が腹に沈んだ。
正確に内臓を抉り出すような、実に見事な一発だった。
「お前は俺を許せねえだろうが、俺だってお前を許せねえよ。」
げえげえと断続的に嘔吐する背に、平坦な言葉が突き刺さった。刹那、眼球の奥が熱く疼いた。
生理的なものだ。だから仕方ないのだと俺は俺自身に、滲む涙の言い訳をした。
痛みと吐き気をこらえながら、息も絶え絶えにそうだなとなんとか相槌を打つことができた。
そうだな、俺はお前にそう言って欲しかったのかもしれない。ずっと、あれから。
がくがくと震える足で、それでも立ち上がる。一人で。ゆっくりと、一歩踏み出す。
責任をとる。もう腹を括らなければならない。社会人として、投げだせないものが圧し掛かって来る。
もう逃げる場所はないのだから。
そして俺は今、けじめをつけようと思う。心からこのプロジェクトを成功させようと思うことができる。
本多の手に、鎮痛剤を投げ込んで、今夜は自棄酒を飲むなと忠告してやることができる。
余計なお世話とばかりに睨みつけてくる本多に言ってやろうか。佐伯を真似て、俺もずっとお前のことが大嫌いだった、と。
――よし。では納得したところで、この話はもう終わりにするとしよう。
<守りたかった/松浦sideおわり>

【狂い咲いた夜に】1
2011.1.10
俺は失恋した。今、さっき。
今日はあまりにも目まぐるしく色々なことがあった。
けど、さすがに最後にこんな羽目になるなんて思いもしなかった。
「本多、俺はお前なんか大嫌いだ。」
今思い出したみたいに、わざとらしく、言い忘れていたと前置きして。克哉はそう吐き捨てた。
だけどその眼は確かに憎しみに彩られ、炎が上がる寸前のような、熱を孕んでいたように思う。
「聞いてたな、松浦。俺はもうこの馬鹿には愛想が尽きたんだ。だからあとはお前ら二人で勝手にやってろ。仕事に私情を持ち込むな・・・全く。」
松浦は気を失ってるとわかっててそんなことを言うなんて、つまり、それは俺に言ってるんだろうか。
苛々をぶつけるように、克哉の言葉は容赦なかった。
「下らないことに俺を巻き込むな・・・」
忌々しげに顰められたその表情からは、さっき掠めたような哀しみの色はもう見つけだすことはできなかった。
≪克哉・・・本気で言ってるのか・・・俺と・・・≫
掠れるように、ほとんど音にもならない言葉を、それでも絞り出すようにしてでも、繋ぎたかった望みは断ち切られた。
「本多、恋人ごっこはもうお終いだ――そう言われないとお前は分からないのか?」
唾棄するように、克哉は引導を渡したのだった。あとはもう、俺が何を言っても振り向いてさえくれなかった。
なあ、戻ってきてくれよ克哉。祈るように瞑った眼を開いたら、もう影も形もなくて。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
足元から崩れ落ちそうだった。
畜生、何だって?
嘘だろう?
冗談だよな?
だってお前はさっきその口で言っていたじゃないか。
≪オレは、大好きだよ。本多のこと・・・≫
反芻するように、口に出してみる。
そう言って克哉はふわっと笑って、呆気にとられてる俺の前で鮮やかに豹変をしてのけたんだ。
思い返しても、それからの克哉は凄かった。
ぐっと身体を縮めてごきごきと関節を震わせたかと思えば、松浦のナイフを掌ごと蹴り飛ばした。
悲鳴を上げる松浦に、くるりと身を反転させながら遠慮なく蹴り上げて、金的を食らわせた。
断続的な悲鳴を上げながら蹲った松浦を一瞥すると、カランと音を立てて克哉の靴の中から剃刀が出てきた。
そんなところに何故仕込んでいたのかと思う暇もなく、首に繋がれていたロープがふわりと軽くなった。
「まだ動くな」
俺が何か言おうと、言わなければと思っているうちに松浦の鳩尾に克哉の靴がめり込んでいた。
文字通り袋だたき――いや、蹴りだったが――にあった松浦がぴくりとも動かなくなると、克哉は何か探るように倒れた松浦の身体や服、所持品などを調べていたが、飽きたように首を振り溜息をつきながら立ちあがった。
松浦に何か言っていたようだったが、俺はその時ようやく克哉が眼鏡を掛けていることに気付いたんだ。
何故だろう、それがとても嫌な感じがした。
ごきごきと関節を鳴らしながら振り向いた克哉が、俺を殴るんじゃないかと一瞬身構えてしまったが、そうはならなかった。
やさしく、いたわるように、俺の拘束を慎重に解いていきながらも、克哉の眼はとても冷たく光っていた。
眼鏡の克哉・・・こうなった克哉はいつもとは別人みたいで、少し怖い。
口先で笑っても、眼は決して笑っていない。
拘束が解けても、しばらくは立ち上がることが出来なかった。
痛かった。全身が緊張していたからか、ぎしぎしと軋む。身体だけじゃない、心の痛みも大きいのだと思った。
松浦がここまでやるなんて、思いもしなかった。
話せば、本心をさらけ出してぶつかり合えばきっと通じると信じていた俺はやっぱり馬鹿なんだろうか。
見下ろした松浦はやっぱりぼろぼろで、痛々しくて、それでも一応は無事なのだろう、苦しそうに息をしていた。
俺に直接向かってくればよかったのに、克哉を狙うなんて。
そんな奴じゃなかったのに・・・じわりと、悲しみがしみ込んできた。
「行くぞ」
克哉がやらなければ、今頃どうなっていただろうか。
いや、克哉が身を盾にして俺をかばっていたら・・・考えただけで身体が冷たくなる。
俺も一発殴ってやろうかとも思ったが、やめた。
克哉を穢そうとした奴に触れたくもない。
そんな逡巡を、克哉は少し離れた所からじっと『観察』していた。
今ここにいるのが眼鏡の克哉だということが気に入らなかった。
いつもの優しい克哉に会いたかった――そして慰めて欲しかったのだ、俺は。
ほとんど無意識にソレに伸ばした手を、叩き落とされた。
「だめだ。本多。もう、遅い・・・いいか、俺は俺だ。お前がそう言った。」
呆然と立ち尽くす俺に、諭すように、そして皮肉っぽい笑みを浮かべて。
目の前の『佐伯克哉』はふっと遠くを見るように眼を細めて、まるで何かを懐かしんでいるように見えた。
もう戻らない何か、大切なものを想うように。
その瞬間、俺と克哉の間にひらひらと桜が舞い落ちた。
さっきまで、咲いていた遅咲きの桜がみるみるうちに散っていく。まるで幻が消えていくみたいに。
動けなかった。
「――ただ、それだけだ」
拒絶、されたと思った。目の前の克哉の中に、俺はいない、ただそれが事実としって在った。
踵を返して、去っていく背中の中にも、見つけ出せなかった。
≪克哉≫
呼んだ声は、あまりにも弱弱しくて、自分でも驚いたけど。克哉には届いたようで、その足は止まる。
ふっと溜息をついて、ゆっくりと振り向くそのひとを俺は息を詰めて、ただ凝視していた。
早鐘を打つ心の中で、脈打つ数以上にその名前を呼びながら。まるで祈るように。
これから悲しいことを告げなければならないと、雄弁に語っていたその目は、俺の好きな克哉のものに違いなかったのに。
<守りたかった/本多sideおわり>

【スカトロジー】
2011.1.9
愚かな男の話をしよう。
「セックスの相手をしてもらおうか。」
生意気な子会社の平社員・佐伯のプライドをずたずたに引き裂いてやりたい、眼の前の当人に向かって御堂は苛立ち紛れに“・・・なんでも、といったな?”と確認した。その思いつきは、悪趣味でリスクばかり大きかったというのに、御堂自身を魅了してしまっていた。パワーハラスメントとセクシャルハラスメントの組み合わせで、しかも男が男に対して要求するのだから、正気を疑われても仕方が無いし、そういう印象を植え付けてしまうのだから、ある種の才能を無駄遣いしているようなものだ。もっとも、御堂が同性愛者であるということを全く隠そうともせずに言ったその相手は、衝撃のあまり硬直していた。ふたりが初めてこの執務室で顔を合わせた時に御堂が受けた印象は、同類ではないかという疑念であったので、この返答如何によって炙り出そうという気持ちも無かった訳ではない。佐伯が困惑している様は眺めていて愉快ではあったが、反応を見る限りではゲイとも思えなかったので、御堂はわざとからかっている風を装った。吹聴されては困るようなことを、何故告白したのかは御堂自身にもわからないことであったが、冗談だとはぐらかせば済むだろうと高を括っていた。そして、要求を飲めないのならばと売り上げ目標の件へ話を戻そうとしたとき、予想が裏切られたのであった。
「わかりました、ご要望のように接待をさせていただきます。」
瓢箪から駒、あるいは嘘から出た誠でもよい。ともかく、目下ホテルの一室で御堂のペニスを咥えている裸の男は佐伯克哉に間違いなかった。とても従順とは言い難い眼差しを蔑みで返してやり、暗い愉悦に浸りながら、佐伯の喉奥まで突っ込んでやると、凸凹した上顎の感触に甘い息が漏れる。ストレート(ヘテロ)の男に奉仕させる機会など滅多にない上、生意気な佐伯が屈辱に顔を顰めつつも止めようとしないので、御堂の興奮は嫌が応でも高まっていった。もっと舌を使えだとか、歯を立てるなだとか、好き勝手に命ずる度に佐伯の眼差しには怒りの色が浮かぶのだが、それに反して唯々諾々と従わざるを得ないのだから、うっかり調子に乗りすぎたとしても仕方が無いではないかと御堂は思う。噛みつかれない様になどとは考えず、後頭部と顎とをがっちりと掴み、喉奥の最深部を激しく犯し、無我夢中になって腰を使っていた御堂は、その可能性を失念していたのだった。御堂が咥内に吐精した瞬間、佐伯は目を見開き、胃の中の粘液を逆流させた。
「聞こえなかったのか、もう一度だ。」
身体を丸めてげほげほと噎せ返る佐伯に、御堂は初め背中を叩いたり擦ったりして介抱してやっていたのだが、佐伯をバスルームへ行かせている間にフロントへ連絡し、吐瀉物の後始末をさせ、汚れたスーツをクリーニングに出したりしているうちに冷静さを取り戻していた。バスローブを着てふらふら出てきた佐伯は、ようやく終わったのだという安堵から緊張が抜けていて、それが御堂の嗜虐心に拍車を掛けたということもある。余りにも心ない言葉を浴びせられ蒼白になりながら、今度こそ佐伯は御堂を睨みつけた。瞬きもせず見開いたままの目は充血し、握り締められた拳は血の気が引いており、食いしばった歯はカタカタと音を立てていた。佐伯が初めて人間らしい姿を見せたことに、その時御堂は感動すら覚えていたが、あくまでも悠然とした態度はそのままに、すうと眼を細めるだけに留めた。全身を戦慄かせ、怒りに我を忘れたような佐伯の様子を面白そうに眺めながら、さて今度はどうやって甚振ってやろうかと御堂は舌舐めずりをした。この瞬間、佐伯の中の何かが壊れたのだったが、御堂はそれに気付かぬ振りをしたのだから、彼の中には彼自身も知らないある種破滅願望めいた欲求が根付いていたのかもしれない。ともあれ、仕切りなおしが告げられ、事態は急転する。
「――わかりました。御堂部長が満足されるまで、お付き合いしますよ。」
殴りかかってくるか、あるいは何もかも投げ出して帰ってしまうか、もうやめてくれと懇願さえするのではないかと御堂は佐伯を侮っていたので、作り物めいた笑顔まで見せて受け入れた佐伯の気丈さに内心舌を巻いた。するりと帯を解くと、肩からバスローブを落とし、上目遣いに御堂を見つめながらゆっくり膝を落とすと、佐伯は御堂の着たバスローブの裾をそっと掻き分け、探り出したペニスの先端に恭しく口付けた。まるで別人のように変貌を遂げた佐伯に、御堂は完全に呑まれていた。焦らすように先端をチロチロと舌で弄びながら、指先は陰毛を掻き分け、性感を煽って蠢いた。初めに奉仕した際佐伯が見せたぎこちなさは演技ではなかった筈なのに、今の佐伯はといえば慣れているを通り越して、まるで風俗嬢のようだった。混乱する御堂を翻弄するように、大きく開けた口の中へゆっくりと御堂自身を飲みこんでしまうと、あくまでも自然に御堂の腰をベッドへと下ろさせ、佐伯は徐々に頭を振るペースを速めていった。だらだらと佐伯の口からこぼれ出していた唾液は、幹を伝い落ち、陰嚢や会陰、更には肛門をも濡らして行き、その冷やりとした感触に御堂は一瞬息を飲んだ。その僅かな反応を確かめながら、佐伯は太腿に置いた手をゆっくりと腰へと滑らせつつ、先走りの混じった唾液ごと御堂の屹立を啜った。じゅくじゅくと音を立てて佐伯の口の中で泡が弾ける感触に、御堂は呻き、二度目も早々発射してしまいそうな衝動を堪えるので精一杯な様子に、佐伯は眼だけで笑みながら躊躇なく追い詰めていった。いくら名目上“接待”だとしても、奉仕だのと言い訳したところで、フェラチオの主導権は咥えさせる側にはないということに、まさか御堂部長ともあろう者が気付かなかった訳はないので、佐伯が勘違いをしたとしても可笑しくはなかっただろう。御堂は自身の急所を、克哉の口内という柔らかな凶器の裡へ望んで預けたのだから。
「あっ・・・佐伯、そこは」
契約と信頼を、紙の上や口上だけのことでなく、肉体関係によって成そうとする御堂を大胆にして危うい人間だと佐伯は笑う。その熱く脈打つ肉塊を頬張りながら、零れた唾液を陰嚢全体に塗り広げ、その裡にある睾丸の形を確かめるように手の中で弄ぶと、御堂の身体に隠しようもなく緊張が走った。本当は佐伯を帰して目標数値を上げたいのだと隠そうともしない、御堂の頑なな態度に怒り、呆れ、そして今や佐伯は新たに芽吹きつつある感情を自覚してまた笑んだ。微笑みながら、見せつけるようにして横向きに竿を咥えると、舌と歯列と唇とが微かに触れるように滑らせ、裏筋から始めて徐々に持ち上げていくように亀頭と根本とを往復させた。眼鏡を掛けていなくとも、込上げてくる欲求はただ忘れていただけで、自分の中にはじめから在ったものなのだと佐伯は呑み込みつつあったから、その行為のついでともいうように自然と膝をベッドの端に掛け、乗り上げていった。御堂が何かを言おうとする度に、佐伯が急所を強く押さえつけた為に、二人の間では全く会話がなくなっていた。肉体による対話を除いては。行為に集中し、慾に呑まれることさえしなければ、相手の感情の動きを探ることは容易い。だからこそ、誰とも深く関わらないよう生きてきた佐伯の中ではセックスこそが最も避けるべき行為に位置付けられ、そして実際自制の利く間は回避してきたのだけれども、今日ここに至って御堂がそう望むのなら、可能な限り自分を探らせずに相手を呑むことでなら今の自分にでも出来ると思った。敏感な粘膜を抉るような舌も、茂みを掻き分ける指の動きも、逆の手で会陰を刺激することも、強い視線すらも快楽に変わって御堂の芯を焦がしていた。終に指先が肛門の襞に触れ、同時に佐伯の勃起し切ったペニスが膝頭に押しつけられたとき、堪え切れず堰を切った御堂の熱い体液を佐伯は避けもせず顔に浴びた。御堂の白く霞んだ視界の中で、佐伯だけが鮮明だった。掛けられた粘液を御堂に見せ付けるように指で拭う仕草は、卑猥としか形容し難いもので、彼自身も知らない体の奥底が震えるのを確かに御堂は感じでいた。
「ご協力いただけますね。御堂部長にご満足頂けるよう、励みますから。」
二度目の吐精に脱力した身体を、佐伯は優しく支えながら清潔なシーツの上に横たえ、微かに覚えている肉体の記憶を呼び覚まそうと、瞳を閉ざして御堂に覆い被さっていった。御堂はぎょっとして未だに精液のこびりついたままの佐伯の顔を仰ぎ見たが、そのあまりに淫靡な面持ちとそこから浮いたように冷たい眼差しにいたたまれず、顔を背けた。もしも佐伯がその気になって御堂の眼の奥を覗いていたら、思いも掛けない展開に混乱し切った御堂の心中くらいは知れたかもしれないが、残念ながらそういうことにはならなかった。御堂もまさか佐伯にそんな経験があるとは思ってもみなかったので、しかもそれが二人が初めて出会うあの瞬間の数時間前だとは知る由もないのだから、そう、だから勘違いしたのは仕方が無いことだった。あの出逢いで受けた第一印象は、御堂も佐伯もさほど間違ってはいなかったのだが、些細な取り違えが運命を狂わせたということだろうか。御堂は自身の肉体が受け手としてこれ程の快楽を得られるのだということに初めて気付かされ、未知の快楽が理性を蝕んでいこうとする恐怖に慄き、ともすれば佐伯を望んで受け入れようとしかねない自分を戒めようと懸命だった。懇願するのは佐伯の方であり、御堂は命じ、奉仕させる側の筈なのだから。その間にも、佐伯の指は菊座を揉み解し、もう片方の手は肌蹴たバスローブの隙間から乳首の周りを這ってゆき、熱い舌が臍を穿ったとき既に御堂の屹立は復活してきていた。
「佐伯、私を見ろ。そしてきみ自身を曝け出せ、何ひとつ隠さず私に見せるんだ。」
御堂は佐伯の頭を掴んで、行為を中断させた。何故佐伯に奉仕させよう等と考えたのか、いくら臆病そうに振る舞ったところで、彼の本性は初対面の時に思い知っていたではないか。まるで火花を散らすように、互いの切っ先をぶつけ合って、その攻防の果てに敗けを認めてやったのは御堂なりの余裕だった。思えば、はじめから御堂は佐伯をリードするということがなかった。それは勿論管理職という立場上仕方のないことも多かったのだが、何か意見すれば佐伯は隙のない反論でそれを封じ、御堂は言いたいことの半分も言う事が出来ず、不快感を募らせた。時には卑屈そうに相対した佐伯であっても、御堂は眼の奥から“言いたいこと”を勝手に汲んではまた腹を立てるのだった。この瞬間に対峙する目の前の佐伯克哉を、臆病にして豪胆、薄情なくせに勘の鋭い、見目形ばかりでなく完璧なこの男を手に入れたいと希求したのは御堂に他ならないのだと、気付いてしまえばもう後は堕ちるだけだ。取り澄ましたその綺麗な顔を自らの放った精液で濡らしたように、今度は腹の中の汚物に塗れさせてやりたい、そして同じ様に克哉の熱い飛沫が欲しかった。汚したい、汚されたい、晒したい、晒されたい。最早御堂は躊躇わず、進んで足を開き、これから迎え入れる場所を晒し、克哉の手首を掴んで未だ誰にも許したことのない奥へと導いた。望んで侵される感触に、怖気が背筋を走り、それでも御堂の口の端から漏れるのは嬉悦の滲んだ吐息だったので、ここにきて初めて克哉は唾を呑んだ。
「御堂さん・・・あなたの中、とても熱くて、狭い・・・」
「煩い・・・そんなことを言っている余裕が君にあるのか?」
肛門の襞を分け入る克哉の爪の固さを感じ、御堂はその美しい形の指を脳裏に描いた。内壁を擦られる度、狭く閉じた場所を切り拓かれる度、緊張に震える御堂を宥めるように、克哉は空いた手で御堂のペニスを擦った。接待には似つかわしくない優しさの籠った触れ方に、凌辱のために煌々と灯したたままの照明に、微かに残る吐瀉物の饐えた臭いに、何よりも自身の心境の変化に、御堂は苦笑いをした。それを見咎めた克哉は愛撫の手を速め、何かを決意して再び御堂の目を覗き込んでいった。御堂が薄く開いた瞼の隙間から仰ぎ見ると、射抜くように向けられた克哉の視線が交錯し、二対の眼差しは探るように、争うように、強く絡み合った。動かす手は緩めず、後孔を犯す指を奥に進めながら、克哉は口を開いた。ほんの少しの興奮を吐息に混じらせて。
「御堂さん、あなたは何故オレにこんなことをさせようと思ったんです?」
熱いその吐息は御堂の皮膚を撫で、すうと空気に溶けて消えた。御堂は持ち上げた腕で克哉の頭を抱きこむようにし、もっとずっと近くでその吐息を感じたいのだと欲望も露に、その手に力を込め、答えた。
「知りたいか?・・・佐伯克哉、君がそう思ったように、私もそれが聞きたいんだがな。」
まるでからかう様な口調は、知りたいと言いつつも本心を探らせまいとはぐらかす様で、一筋縄ではいかない御堂の捻くれた性格を表していて克哉は思わず笑みを溢した。それを見て眉間に皺を寄せる御堂は案外分かり易い素直な人間なのかもしれないと、克哉はまた笑う。
「こんなコトしてオレに要求を通そうなんて、普通はしませんよ。」
課ごとのリストラが賭けられた営業目標を、かつて例を見ない程に引き上げる御堂のやり方は、いくら自信があるからといって暴挙以外の何物でもない。克哉とて、直談判に行ったのは自分への嫌がらせの側面について問い詰めるということもあったが、上げた目標値を達成できるという確信が得られたのなら、呑む心積もりもあったのだ。それを“接待しろ”などと摩り替えられては、頭に来るのも当然だろう。
「頑固な男だとは思っていたが、まさか来るとは思わなかったんだ。」
そう言いつつ、言い出した手前の責任感から律儀にもホテルで待っていたのだと御堂は言うが、そもそもそんな要求を出すこと自体が常識外れであり、何故セックスを要求したのかを克哉が聞きたいのだと分かっていて、それに答えないつもりなのだ。そうはさせまいと、差し込んだ人差し指に絡めるように、中指も捻じ込んでやると御堂は流石に余裕を失くして痛みに震えた。屹立に這わせていた指を腹へとずらし、宥める様に優しく摩ると、御堂は再び閉じた目を開けて艶めいた視線を寄越した。克哉は未だに半信半疑ではあったが、御堂の態度を見る限りではそう結論付けてしまいそうな単純な答えをそのまま舌に乗せた。
「そんなに、オレとセックスがしたかったんですか?」
「ああ、そうだ。」
間髪入れず、肯定を返す御堂は普段の高慢なエリート部長そのもので、当然だろうという顔をするのが可笑しくて、克哉は降参するしかなかった。いつもと違うのは、互いが一糸纏わぬ姿であることと、互いの肌が触れ合っていること。ただそれだけで、親密になることなど出来ない。心が通じ合わなければ。
「では、ご期待に添えますよう頑張りますね。」
そう言って克哉は挑戦的に微笑んだ。その表情は、初対面でありながら御堂の腕を掴むという暴挙に出てさえ、説得に成功した折に見せた表情よりも冴え、あの瞬間よりもずっと御堂の心を騒がせた。
「ッ――黙れ!」
生意気な男の口を塞ぐという言い訳をして、本当はずっと前から御堂はその唇に触れたいと思っていた。柔らかで弾力のある唇に舌を滑り込ませて、徐々に深く、そして激しく、口内を犯すような口づけに乱れた鼻息が互いの肌をなぞっていく。克哉の舌は未だ御堂の精液や我慢汁が絡まっていて、その苦味に顔を顰めつつ、互いに同じもので汚れる陶酔に御堂は溺れた。御堂が強く克哉の背を掻き抱くと、身の丈が同じくらいである二人のペニスが擦れ合い、克哉は未知の快感に呻いた。隠し様もない程に高まった興奮に任せて、克哉は二本の竿をまとめて握り、ぐちゃぐちゃと音を立てて扱いていった。掬い取った粘液をアヌスを犯す指へと滴らせ、薬指を、そして小指をとその孔へ滑り込ませた。そんな克哉の乱暴ともいえる振る舞いを受けても尚、御堂は口付けを外すことなく、凶暴な程の欲望と興奮も露に汗ばんだ下肢を絡ませていった。互いに暴発しそうなほど硬くなったペニスの触れ合いが解かれ、アヌスを犯した4本の指がぬるりと抜かれ、酸欠気味な頭の中で御堂はその意味をはっきりと捉えて息を詰めた。一瞬、体臭の密度が濃厚になった。瞬きもせず、ただ視線で合図を交わしただけで克哉は衝動のままに御堂を貫いた。
「っ痛!」
その瞬間、御堂は克哉の舌に噛み付いていたのだから、情けない悲鳴を上げたのは克哉の方だ。御堂は苦痛に眉根を寄せつつも、流れ込んできた克哉の血の味にうっとりと笑みさえ浮かべた。驚いて顔を外した克哉を睨み付け、御堂は擦れたような声を出した。
「足りない・・・もっとだ。もっとお前を寄越せ。」
そう命じてすぐに御堂は傷ついた克哉の舌を舐め、はじめ啄ばむ様に、徐々に貪るように、再び克哉の口内を味わい始めた。脂汗を流しながらも、それを紛らわすようキスに没頭する御堂を見て、克哉は律動を開始した。噛み合わされた唇の隙間から苦痛交じりの嬌声が漏れる。触れ合う股間から急速に駆け上る性感に喘ぐ。足りないのだと、御堂は言った。求められる以上の行為を返さなければ、満足させることなど出来ないだろうということだ。自分を晒さずにそんな芸当が出来るか、それは否だろう。きつい締め付けに喘ぎながらも、克哉は御堂の快感を煽ろうと内臓を掻き回すように腰を捻った。あの夜の擦り切れたような記憶よりもずっと鮮やかに、瞼の裏が血の赤に染まっていく。傷口を吸われ、痛みも快感に変わる。血の色に染まった唾液が溢れ、御堂の頬を汚していくのが克哉にも見えていた。克哉が抱えた御堂の太股は黄土色に汚れているだろう。そして克哉のペニスも。ふと横を見れば、カーテンすら閉められていない窓ガラスに、重なり合った二人の肉体がすべて映し出されていた。明るい部屋で部長とセックスをしている自分を意識して、克哉は誤魔化しようもない現実を見せ付けられ、ごくりと喉を鳴らした。全てが筒抜けになる。生まれた怯えを咎めるように、睨み付けられる。そんな余裕を消すように、ようやく見つけ出した“弱点”を抉るように亀頭を擦り上げると、御堂の表情からは剣が剥がれ落ちるように弛緩し、熔けそうな貌になった。それから後は、競い合うように互いに上り詰め、御堂は三度目の、克哉はここに来て初めての吐精をした。唇を外して腸内に精液を注ぎ込む克哉を未だ求めてか、御堂は佐伯の腰に足を絡ませ強く引き寄せると、目を見開いた克哉の肩口に思い切り噛み付いた。
「うああっ!み、御堂さんやめ・・・!!」
背を震わせ、我慢しきれずに漏れた声は紛れもなく悦ぶような音色で、克哉はそんな自らを信じられない思いで目を見開き、泣き喚いた。すべて出し切っても、御堂が傷口を啜る度に克哉はあらぬ所が脈打ち、ずっと快楽の頂点から降りて来られないような、奇妙な浮遊感に囚われていた。何もかもを兼ね備えて、自信に溢れ、当たり前のように自分たちを睥睨する若い部長が、完全な男が自分を欲している。口先では止めろと言いながら、克哉は御堂を引き剥がそうとはせずに、獣のような愛撫を甘んじて受け入れ、そして湧き上がる衝動のままに再び硬度を取り戻した自身を御堂の奥へと叩き付けるようにして、悲鳴のような嬌声を上げながら激しく律動を再開させた。肩口に御堂の熱い息が吹きかけられるのも痛覚を刺激して、その痛みはすぐに快感へと変換され、克哉はもうわけが分からなくなっていた。
「あっ、御堂さん、みどっ・・・いい、気持ちいいっ!」
克哉の甲高い喘ぎが密室に響く度に、目茶目茶に突かれていた御堂も低く呻きながら聴覚が侵されていくのを感じていた。先程放った自分の精をこすり付けるように、克哉の腹にペニスを押し付けた。そうして二度目も決着がつかずというように二人同時に達すると、堪えきれずに克哉は御堂の上へ崩れ落ちた。御堂は勝利を確信した笑みで克哉を見上げたが、克哉は御堂の目を覗き込むなり恐怖にも似た表情を浮かべると意識を失ってしまった。佐伯がこの部屋に来てから御堂は二度も介抱をしていることになり、慣れているのかいないのかよくわからない相手に御堂はため息を吐いた。ついでにフロントに頼んで寄越させた救急箱から適当に消毒薬と絆創膏で肩口を手当てしていると、傷口に沁みたのか、がばっと半身を起こして克哉は目覚めたのだった。
「気分はどうだ佐伯、君はそんなに・・・」
醜態をからかってやろうと口を開いた御堂だったが、声もなく克哉が泣き出したのを見ると、何も言えなくなってしまった。痛みで快感を感じたことがそんなにショックだったのか、或いは接待であんなに乱れたのが恥ずかしくなったのか、それとも私のことが気を失うほど嫌いだということを忘れてセックスに夢中だったのか――等と御堂も心を乱してはいたのだが、子供をあやすようにして克哉の頭を抱えるとゆっくり撫でて宥めてやった。いつしか克哉の体からは緊張が解け、御堂の胸にぐにゃりと半身を預けていた。
「御堂さん・・・どうしてオレに優しくしてくれるんですか。」
鼻水を啜りながら、甘いことを克哉が言うので、御堂は居た堪れない心持になった。言葉は甘いのに、克哉の表情は暗く、浮かべた笑みも力ないものだった。ただ玩びたいだけなら、優しくなんてしないで――消え入りそうな呟きは、御堂の胸を打った。いつもの遊びと違って、君が好きだから等と軽々しく言える相手ではなかったから、御堂はそうと伝えるのを諦めた。
「しっかりし給え、佐伯克哉。これは接待だと忘れた訳ではないだろう?」
尊大に、突き放すように、敢えてそんな声色を作って御堂は克哉を――佐伯克哉を引き剥がした。いかにも驚いたという風に目を丸くして御堂を見返した佐伯の顔は幼く見え、憐憫を誘う風情だった。あまりにもまじまじと御堂の顔を覗き込む佐伯に、自分は一体どんな珍しい顔をしているのかと狼狽し、わざと顰め面を作ったが、それが成功したとは思われなかった。強く問い詰める度、気弱げに目を逸らされると、その視線を向けさせたいと思い、こうして強く見詰められれば、見透かされるのではないかと目を逸らしたくなる。涙と鼻水とそれから精液とで、べたべたに汚れた佐伯の顔がゆっくり微笑みの形を作る。衒いもなく表現するなら、花が綻ぶような。それは御堂の初めて見る、心底楽しいというような曇りのない笑顔。
「やっぱり御堂部長には泣き落としなんて通じませんね。」
クスクスと声を上げて笑う佐伯は、ただ強がっているだけなのだとすぐに分かった。微かに震えた笑い声。首を傾げたその時、一筋の涙が頬を伝って落ちる。すうと、視線が逸らされた時、今度こそ御堂は佐伯の頬を両手で包み込み、真正面から覗き込んで言った。
「――いいや?そんなこともない。」
瞳を閉じて交わしたキスは、やはり甘い血の味がした。その後のことは何を語ったところで蛇足にしかならないのだが、落ち着きを取り戻し、帰り支度をしながらちゃっかり目標数値の据え置きを確認する佐伯に向かって御堂がまだ満足させてもらっていないと返すと、佐伯は笑って事も無げに“では、御堂さんの良いようになさってください”と言ってのけたのだから、その変貌振りに御堂は驚きを隠せぬままただ首を縦に振ることしかできず、背筋の伸びた後姿を見送った。その後の御堂はというと、佐伯が腸内に放ったままの体液のせいで腹を下し、未だに便所の中に篭ったままだ。結果として佐伯に翻弄されたこの日の出来事を省みて、それでも佐伯が朗らかに笑ってくれたことを嬉しく思う自分は心底愚かな男だと、御堂は口の端を持ち上げた。
後日、魚介類を問わず“生が一番好き”な佐伯克哉が泌尿器科に通う羽目になったということはまた別の話。
<おしまい>

【君が嫌い】
2011.1.8
君に嫌われていることくらいとっくの昔に気付いているといったら、君は一体どんな顔をするだろう。
失礼極まりないことに、初対面で握手をしたときから、君の表情も、掌も、声さえも、全身で私を拒絶していたくせに。
気付かれていないと本気で思っている君は、どれだけ他人を見下しているか、自覚していないんだろう。
だから君を懲らしめてやろうと思ったのかもしれない。
研修期間が終わり、辞令を受けた君の失望と、私の悲しみではどちらが勝るだろうか。
若く聡明で、いかにも優しげな風貌に頼りなさげな笑みを載せて、善良そうな面の皮を剥けば、なんていやらしい性根の持ち主だったことだろう。
よく私を知りもせずに、否、一目見た時から嫌いだったんだ。君は、私を、蔑んだ。
私の顔も、声も、姿形も、体臭も、手触りも、きっと私の味だって君は嫌いなんだろう。
そうだとも、君は綺麗だ。
遠目で眺めている分にはほとんど完璧だろう。
美しい顔、憂いを含んだ眼差し、少し籠った甘い囁き、高い背丈に見合う引き締まった肉体、爽やかなフレグランスに隠された薄い体臭、柔らかで細く長い指、黄金比の見本市のような君の掌、そそけ立つその肌を味わえばさぞや美味いだろうな。
だが、君の心は醜く、暗く、淀んで、歪みきっている。それなのにその繊細な佇まいときたら、最低な最高級品だ。
そっとひと押ししてやっただけだ。
いつもは包み隠している君の本性を暴くために。
とても君は綺麗だったよ。
屈辱に打ち震えながらも、必死に噛み殺して平静を保ったかに見せていたなあ。
だがね、その健気な努力が可愛くないんだよ。だからいけないんだ、君は、生意気だから。
苛め甲斐がありそうな君は「期待しているよ、頑張りたまえ。」と言い放った私に、一瞬殺意を込めた視線を向けた。
思わず見返した私の追及を逃れるように、人のよさそうな笑顔で「ありがとうございます」と言ってのけた君は、只者じゃないと、キクチの社内で気づいたのは私が最初だと思う。
結構、実に光栄だ。
自己評価が低い君だが、額面通りに評価されるのは我慢ならないんだろう?
その厚顔を叩き潰してやろうじゃないか、お望み通りに。
君には8課が相応しい。
あの8課で君がどれだけのことを成すか、それとも潰れるか。
そのどちらかの君にしか、私は興味がないと、君は想像もしないのだろう。
今の君に見下される覚えはないが、内側に隠した「傲慢な王」が本物ならば、私を平伏させてみせるがいい。
近い将来、報復されるかもしれない。その可能性に身震いを覚える。未だかつてどの生贄も成し得なかった復讐。
情けないけれど人好きのする笑顔という仮面の下で牙を砥ぐか、私を破滅させるために。
「成程、そうかな。」
そこまで考えたところで、今の君に嫌われる理由が腑に落ちた気がした。
箱の中に閉じ込めた青い実はやがて熟れ、甘く、やわらかな果肉が芳醇な香りを漂わせることだろう。
熟れすぎて腐ってしまえばいいと思う、そして、皺だらけの皮の中には、原形を留めぬ黒く臭い粘液が残る。
君は認めまいが、君だって似たようなものを持っているだろうに。
君が忌み嫌う私の核――腐っても尚、蜜のように甘い――それはきっと果実のようなもの。
<おしまい>

【Do you love me?】
2011.1.7
どうやら私は発狂してしまったらしい、というのは君が私のことを愛していると言ったように聞こえたからなのだが。
何が可笑しいのか、君は口の端を歪め、息を荒げ、肩を震わせている。
君は私のことなど無視しつづけていたではないか。
いや、そんな戯言を口に出すこと自体、私の内心を無視して愚弄しているに等しい。
そう思い至り、ようやく心を静めることができた――ように思う。そうでなければならない。
君に無視され続けて傷だらけになった私の心について、巧く語る術を私は持たない。
積み上げてきたキャリアも、信念も、君の前では無価値だと思い知らされた。
それがどんな意味か、私は君以外に知られたくなどない。
どんな些細な事象も、つぶさに拾い上げ、瞬時に組み立てて推論を確信に変えていく頭のいい君なのに。
無意識に、君はこの類の感情を無視するのだ。
どんな暴力よりも、君のそういうところが一番残酷だと、今ではそう確信する。
君がした程強引ではなかったが、何十人という人間を歯牙に掛けてきて、それなりに痛い目にもあってきた私だからこそ、分かることもある。大して興味のない人間から受けた暴行の傷というものは、それこそ犬に咬まれたのと変わらない。腹は立つが、ただそれだけで、ここまで心を乱したり等はしない――そんな風に考えるのは私が男で、妊娠の危険性が無いからかもしれないが(性病の危険性は常にあるが)。それは兎も角、幾ら好きな相手だからといって好き放題に嬲られるのは我慢ならない。更に、相手にその気が全くないとすれば、それ以上に狂おしく満たされない感情を私は知らない。
君は信じないだろうが、どれだけの人間が君に惹かれ、憧れ、好意を寄せているか枚挙に暇がない程だというのに。
君には信じられないのだろう、その想いの強さを。君が信じない君自身を、全てを受け入れるだけの深さをもっていると。
こうして二人きりで向かい合っているというのに、何故私がそんな行為に至ったかにまで思考を働かせないなんて、怠慢だ。
そうだ、君にも私のことを考えてほしい。私が君を想うよりずっと少なくても構わないから。
振り向いて欲しかった。捨てられるのが怖かった。焦りが私を狂わせ、そして今に至る。
君がした程ではないかもしれないが、私は君に酷いことをしたのに。
それなのに、君は唐突に何を言い出すんだ。
何も聞かず、何も言わず、何も見ない。そんな君に何を言っても、どんなに涙を流しても、どんなに強く見つめても、届く筈がない。
君がそんなことを言い出すのは、私のことを見もせず、私の言葉を聞きもせず、私の身体を感じていなかった証拠ではないのか。
ほうら、まただ。独り善がりも大概にしろ。
たったのそれだけを言って、君は満足だと、馬鹿馬鹿しい。
私を見ろ、もう一度、私の目を見てそれを言ってみろ。
そんなことも君にはできないというのか。嘘でないというのなら、出来る筈だ。簡単なことだろう?
そうして君に触れた私の手は、あたたかいもので濡れ、みっともなく震えている。
けれど、私が触れている君の身体はとても冷たく、あまりにも静かで恐ろしくなる。
なあ、佐伯。おかしいと思われても構わないから、私は君に言って欲しい。何度も、何度でも。確認せずにいられない。
“Do you love me?”
ならばこれは夢か、私が狂ってしまったかのどちらかなんだろう。そうして私は物言わぬ佐伯の蒼い唇を塞いだ。
<因果応報/御堂side・おわり>

【Because I love you.】
2011.1.7
月の綺麗な夜だった。
その瞬間まで、俺は、俺こそが世界を統べる王なのだと信じていた。
「ああ・・・アンタか」
視界が紅く染まる。苦しげな呼吸は自分のものとは思えないほどに、荒く、絶え絶えだった。
鼓動がうるさいくらいに響く、痛みが全身を支配して、身動きがとれない。
眼球だけをゆっくりと振り向かせると、予想した通りの人物が血に濡れたナイフを手に佇んでいた。
目が離せない、初対面の時と変わらぬその吸引力に、今の状況も忘れ、ただその姿を見ていた。
≪オマエが悪いんだ・・・私は悪くない・・・≫
耳を澄ませば、聞き取れた微かな呟きに思わず苦笑が漏れた。こんな時に当たり前のことを言うなんて。
どうしてくれるんだ、あんまりおかしいから腹が捩れて痛いじゃないか。
無意識に傷口に手を当てて、流れ出す生温かい液体に指を絡ませた。簡単には、死ぬこともできないらしい。
ああ、馬鹿馬鹿しい。
アンタも、俺も。
だがもう笑っていられる猶予はない。
今となっては下らない感傷に浸って、無駄に時間を費やすわけにはいかないと、僅かに働く理性が命じる。
「よく聞いて・・・下さいよ?」
無理にでも、身体から振り絞るように力を使ってでも、伝えなければいけなかった。
乾いた笑い声に合わせてゆらゆらと揺れる切っ先が、月の光を反射して、うすい靄に閉ざされそうな視界を切り裂き、ひとすじの光を眼の中に挿しこんだ。
自宅のカギの在り処、住所、パスワード、保存しているデータのディレクトリ、マスターディスクの隠し場所。
その証拠は決して捨てず、隠しておくようにと念を押す。完全犯罪が崩れた時に必要になるからと。
唐突にべらべらと喋り出した俺に呆気に取られているアイツの姿は滑稽だった。だが、呆けられては困るのだ。
「俺は今からそのナイフで自殺する、だからいいんだ。全部忘れて、元のアンタに戻れ。」
君は不可解だとでも言わんばかりに、動揺を飛び越えて、覗き込んでくる。その眼だ。
貪欲な、何もかも知ろうと、見透かそうとする強い眼差し。
俺が欲しかったのは、そのように在りたいと憧れたのは――
「御堂孝典」
言葉を切って、まっすぐに見つめ返す。
残った力を眼に込めて、諭すように、宥めるように、いつものように。まるで挑発でもするように。
「貴方にはそれができるはずだ。」
俺はちゃんと笑えているだろうか?貴方が嫌う皮肉な笑みを浮かべているだろうか。
激痛はもはや薄れ、身体が重く、瞼さえも思うようには動かせなくなっていた。
もう顔も見えない、ただ時折、月の光を瞼の向こうに感じ取ることができたから、ゆらゆらと、迷う心が手に取るようにわかった。
「早くそれを俺によこせ。」
右手で傷口を抉り、遠のく意識を繋ぎ止めていられるのも、限界だった。
左手を差しだそうとする。うまくいかない。
肩から順に筋肉を動かすことに集中する。
じわじわと腕が持ち上がる。
掌を天に差しだす。
「それを・・・渡して、ください」
ちゃんと言えただろうか。身体の中で反響するように、籠った音が漏れている。
何も掴めない焦燥に、ふと思う。
俺が欲しかったのは何だったんだろう?
俺の命を奪うための刃だろうか。それも悪くはないと思うのは本当だ。
嗜虐の限りを尽くし、乗っ取るように仕事に打ち込んで、多くのものを奪い、何が得られただろうか。
≪何故だ・・・どうして、こんなことを・・・≫
ふと、俺を刺した男が以前にした問いが蘇って、まるで今囁かれたかのように鮮やかに、身の裡に響いた。
欲しかった。
何もかも、全てを手に入れたいと願う、強い衝動。ようやく取り戻したこの身体を、魂を賭けて、欲しかったのは。
「ねえ、御堂さん・・・?」
急速に、熱が引いていく。
まだ、何もしていないのに。
この手は届かないままなのに。
俺が死ぬときに世界もまた終わるのだと思っていた筈なのに、何故だろう。
水中から水面を見上げるような、眩い光が、俺を今照らしてくれている。
たったそれだけで、満ち足りた気分になっていた自分に呆れるしかない。
我ながら悪趣味だな、そう思わないでもなかったが、思いついてしまったのだからしょうがない。
ぱたり、と俺の手が地面に落ちるのを音だけで知った。
「今夜は、月が・・・綺麗・・・です・・・ね。」
今や暗闇に閉ざされ、慣れ親しんだ、ひとりぼっちの世界で俺は空想する。
御堂は一体どんな顔をしているだろうかと。
夏目漱石が訳したという、愛の告白をきいて、アンタは笑ってくれるだろうか。
俺がいなくなっても、平気で回り続ける世界で。
お前は馬鹿だと言って。そして笑ってください。
"I love you."
それはあまりにも陳腐で、そして完全な答え。
<因果応報/克哉side・おわり>

【ちゅ〜ぼ〜ですよ!】
2011.1.5
多分、誰にしても本当のことだと信じてはもらえないだろう、これはそんな出来事にまつわるお話の一部。
ある朝、徹夜明けで眠い目をこすりながら厨房でだらだら食器洗いをしていた太一は、3枚目の皿を割ったタイミングでマスター(親父)に促され、ぶつくさと文句を返しながらもジョウロと箒を持って店の前に出た途端、何かにぶつかった。
「「うわっ!」」
仕込まれて身体に染みついた護身の所作で、咄嗟に身構えて何事か確認した太一は、信じられないものを見た。
焦げかけたトーストは、かじりかけの穴が空いていて、それが空高く舞い上がっていく。
太一がぶつかった相手(サラリーマン風のスーツを着た若い男)は、掛けてもいない眼鏡を捜すように地べたに手を這わせてきょろきょろと周りを見回したが、太一のことは全く眼中にないらしく、滑稽な臨戦態勢で硬直しているのを華麗にスルーした。
はっと目を見開くと、頭上を一度も見上げぬまま膝立ちで二歩進み、大口を開けて・・・その中にストンと空を飛んできたトーストが納まった。
よし、と何事か納得した様子でぎらりと眼光を鋭くしたサラリーマンは、次の瞬間ぱっと立ちあがると膝頭をパンと音を立てて一度払い、腕時計を確認するなり青ざめ、打って変わって情けない表情になった。
さっきまで尻の下敷きにしていたカバンを小脇に抱えると、空いた手でトーストを掴み、思い切りよく一口食いちぎって言った。
「・・・ち、遅刻遅刻〜!」
物凄い勢いで駅へ向かうその後ろ姿を見送りながら、太一は脳内での突っ込みスピードが追い付かずに暫く無言でいたが、一連の出来事を脳内で再生させるや否や、地面を転がって大笑いをした。
あまりにも長く笑い続けたせいで、まともに呼吸もできないでいる太一を見兼ねたマスター(親父)が首根っこを捕まえて力づくで厨房へと押し込んだ。何があったのかは知らんが、営業妨害はよしてくれ――と、うんざりしたようにマスターが言ったせいで、一度は治まりかけた笑いの発作がぶりかえし、太一は悶絶した。
兎に角、この出来事を端緒に太一は物思いに耽ることが多くなったとマスターは当時を振り返って思う。
「いっやぁ〜、ホントあの時ジョウロに水が入ってなくてよかったぁ〜!」
まるで少女漫画のようだ、否、少女漫画でも実際はそんなエピソードが描かれたことはないらしい等と友人にからかわれた太一は、その話をマスターだけには熱心に語って聞かせていた。ずっと店前の往来へ意識を向ける太一の様子は、あまりにも熱心すぎて、ぶつかった拍子に頭がおかしくなったのかと訝しむマスターではあったが、ある拍子に太一が零した一言に、その端緒を掴んで、更に陰鬱とした気分になったのだった。
「本当に少女漫画だったらよかったのに。オレが中坊で、あの人がたぶん高校生くらいかな?そしたらオレたち、あの瞬間から絶対恋に落ちてたよ。」
溜息をつきながら、毎日窓の外を眺め、事あるごとに外に出ようとする太一がどんなに乙女チックな妄想に浸っているか等ということは、言わずとも知れていた。街角でぶつかって、もっと運がよければその拍子にキスでもしてしまって、再会した時は反発しながらも恋物語は加速していく・・・我が息子ながら頭の痛いことだと、マスターは溜息をついた。
どんなに少女漫画を夢見ても、現実は片やヤクザの跡取り候補で留年生の喫茶店バイト、下手の横好きでミュージシャンの真似ごとをしている冴えない若者に過ぎない太一は、パンを咥えたまま走る常識外れなところを除いては真面目一徹なサラリーマンとロマンスに陥るなんてことは常識で考えればあり得ないのだ。否、今日の“あの人”情報を嬉々として語る太一に向って、マスターが厳しい面持ちで言い聞かせたこともあった。
「いいか、太一。あの人がウチの店に万一来てくれることがあっても、お前の“少女漫画”じみた妄想を聞かせるのだけはやめておけ。」
妥協に妥協を重ねた挙句、それだけは太一に約束させることができて、マスターが安堵する暇もなく。噂の彼氏が喫茶ロイドを訪れたのはその日のことだった。絶叫しながら、歓びに目を輝かせる太一を黙らせる算段をしながら、とんでもない展開にならなければいいと願って、そんな自分に厨房内で苦笑いをしたマスターであった。
<克哉サイドに続く?>

【続・もしも眼鏡がなかったら】
2010.12.20
果たして昨夜自分が何を仕出かしたらこういった状況になるのだろうかと、見知らぬ天井を見上げながら色々推測してはみるものの、さっぱり見当もつかなかったので克哉はいつものようにあっさり諦めたのだが、果たしてそれで済むのかどうか。何故なら彼の横たわるベッド(どこぞのシティホテルらしい)には見知らぬ子供が同衾していたのだから―しかもどちらも素っ裸で、更に説明すれば克哉は腕枕までしていたし、ふたりの下肢は密着し絡み合っていた。幾らなんでも条例に引っ掛かるような年齢ではなかろうと、引っかかっても明記はされまいと主人公はメタな思考をしつつ、まじまじと昨夜のお相手らしき人物を観察しはじめた。日本人にしては薄い髪の色をしているが人工的な色合いではなく、生まれつきのものなのだろう。朝日に映えて産毛が光っているこの若々しさは、間違いなく十代のものだった。成長しきっていない身体の線を眼で辿ると、中性的な肉付きをしていて、何よりも可愛らしい顔立ちをしていたものだから“物凄い上玉”を釣り上げたものだと感心しつつ克哉は昨夜の自分を褒め称えた。それがたとえ少女と見まごうばかりの美少年であったとしても、細かいことに頓着しないのが克哉という男である。世間一般ではそれを細かいこととは認識しないだろうとは、考えもしないという非常識さを彼が分かっていないというのは、実際色々と問題があると思われるのだが、世間と深い関わりを持とうともしない人間にとってはどうでもいいらしかった。さて、あまりに無遠慮な視線を浴びせられて、実はだいぶ前から目覚めていた見知らぬ美少年は恥ずかしそうにほほ笑みかけると、いまどき聞かないようなお決まりのセリフを口にしたので、克哉は笑ってしまわないように自制を要した。
「おはよう・・・昨夜はすっごく良かったよ。克哉さん。」
無言で見詰め続ける克哉に焦れたのか、いたたまれなくなったのか、少年は克哉に絡ませていた肢体をぱっと解くと、ベッドから抜け出していったかと思うとあっという間に服を着てしまった。温かく湿った抱き心地よいものがなくなってしまい、名残惜しげに克哉も身体を起こすと、少年はもじもじと後ろ手を弄びつつ“恋する”眼差しで彼を見つめながら懸命に言い募った。
「あの・・・いっつも昨夜のクラブに僕、いるから。また会いたいな。」
「―きみは・・・」
しまった、と克哉は臍を噛む。記憶が飛んだことは口に出せないけれども、この上玉を一晩限りの関係で終わらせてしまうのは彼だって惜しかったのだが、出逢った経緯だとか致した行為だとかを抜きにしてそんな芸当が出来るものだろうかとその難易度の高さに内心舌打ちでもしたい気分だった。ただ、身体は正直なもので、軽い少年の身体を無意識に引き寄せていたのだから、まったく克哉は大したものである。
「僕は秋紀、須原秋紀・・・克哉さん、またね。」
絶対だよ―と囁きながら、秋紀と名乗る少年は克哉に口付けると、腕の中からするりと抜けてあっという間に部屋から出ていってしまった。何故そんなに慌てることがあるのだろうと、ふと時計を見遣ると・・・成程という時刻であったので、克哉も慌てて身支度をし、後ろ髪を引かれつつも着替えのために自宅へと急ぐのであった。

さて、二日酔いというのは酔いが翌日まで尾を引くことを言うが、ご承知の通りこの克哉の場合はその影響が顕著であったので、掛け込み出社をした後でもまだ酔っ払った状態なのであった。もっとも、そうとは見えないよう振る舞ってはいたのだが、脳内は先程の少年への関心で桃色になっているところがやはり酔っ払いである。何に酔っているかは、野暮なので言及はしないが。克哉のことは兎も角、いつものキクチ(商社)の朝風景であった。
「おはようございます。佐伯君、今朝はずいぶんとギリギリでしたね。」
人の好い上司・片桐課長(43歳・独身男性・バツイチ)は陽だまりの様な微笑みを浮かべながらお茶を差し出してくれた。二日酔いの克哉にはまことに有難く、多少申し訳ない気持ちも無いではなかったのだけれど、遠慮なく受け取り、いつもの美味しいお茶(片桐の淹れるお茶は旨いと8課では評判なのだが、本人が喜んで引き受けているのはうまいこと乗せられている気もしなくもない)を堪能した。
「課長、もっと言ってやって下さいよ〜!どうせこいつ、憂さ晴らしに夜遊びしてたんだから。」
時々本多は鋭いが、さらりと受け流すことができるのも二日酔いのおかげだったりするのだから、普段の克哉はといえば・・・推して知るべし。8課にとって、そして克哉にとって、重大な転機はこの2時間後に訪れた。この辺りの事情はまったくゲーム本編の通りであるので、掻い摘んで説明しておくことにする。キクチの親会社であるMGNの新商品のセールスを1課が担当するかもしれないという情報を本多が入手(担当者の落とした書類を拾っただけだが)し、窓際部署の8課がそれを横取りしようという本多の無謀ともいえる作戦に、酔っ払いで気の大きくなった克哉も乗った格好だ。ふたりはアポも取らずに、MGNの担当者である御堂部長に直談判をしに行った。
「それで―きみたちはどこでこの情報を入手したのか、是非とも知りたいものだな。」
御堂(32歳・独身男性)が威圧的に笑みながら、核心を突くと、本多は一瞬息を飲み、低く呻いた。それまでのやり取りをどこか上の空で聞き流していた克哉は我に返ると、折角のチャンスを逃しそうになった理由に思い至って僅かに赤面した。若くして部長の座に納まっているだけあって、彼は頭の回転が早い上に観察眼も鋭いようだった。克哉がぼんやりとしている風なのを見咎め、蔑みの眼差しで一瞥すると、あとはもう視線も向けることはなくなったのだったが、克哉もまたそんな彼の一挙手一投足をつぶさに観察していたのだった。深酒によって記憶の飛んでいる部分もあれど、克哉はその副作用をようやく理解し始めていた。御堂は美しい男だった―克哉はうっかり見惚れ、ここに至って性癖の歪みを自覚したのである。昨夜、目に付いたクラブのカウンターで酒杯を重ねていると、酔っ払った男が少年に狼藉をはたらくのに遭遇した。勿論、助けたのはただの気まぐれで、静かに酒を飲んでいたいという欲求のまま動いただけだった。しかし、その少年から焦がれるような熱い眼差しを注がれたらもう、美しい相貌を手に入れたいという欲求が湧き出し、自分自身を抑えられなくなっていたのだ。警戒心と好奇心とを綯い交ぜにした色を湛えて尚、暗がりに映える煌めきを、克哉はただ純粋に「欲しい」と思ったのである。そして、眼の前で自分と本多を追い返す算段をしている傲慢なこの男も、今の俺なら落とせるだろうと克哉は嗤う。夜でも、昼中だろうと、この目に映る世界を支配してやろう。胸中でそう嘯くと、鏡のかわりに御堂の相貌を捉えると、瞬きもせずその深淵を覗き込んでいった。
「いっやぁ〜、課長にも見せてやりたかったっすよ!あのときの克哉はホント、すごかったんですから。」
壮行会のような8課内の飲み会は大いに盛り上がったが、克哉の変貌ぶりに皆が訝しむなかで本多と片桐だけは普段とかわらない態度を崩さなかったというのは、ただ鈍いというだけでは片づけられない意味合いを含んでいて、克哉は少々面映ゆい思いだった。あのあと、御堂の腕を捕まえながら強引に説き伏せた克哉の行動を本多は唖然と見守っていたのだが、ことが終わるとぽつりと零した言葉に、彼の観察眼も伊達ではないと克哉を感嘆させたものである。曰く、お前が本気で他人を口説くところを初めてみた―のだと。やれば出来るのだと、日頃から克哉を焚きつけていた本多には幾分鬱陶しさを感じていた為、というわけでもなかったのだが多少の本気混じりに“お前も口説かれたいのか”と尋ねると、柄にもなく照れていた図体ばかり大きな大学時代からの腐れ縁を可愛らしく感じてしまい、酒に頼りすぎるのも考え物だと克哉は一人苦笑するのだったが。ビールを煽りながら、もしかすると片桐にすら欲情し、口説きかねない自分を感じつつも、ひとまず成功の足掛かりが出来たことに浮かれ、克哉は今宵も強かに酔うのであった。<つづく>
<中途半端に続くキャラ紹介編>

【ロリータ・3(マイフェアレディ改題)】
2010.12.16
幾つになれば成人と見做されるかは時代によって変わるが、おおよそ12歳〜30歳といったところだ。つまり、コドモを作れる年齢になればすなわちオトナだということなのだろう。社会人であるカツヤとは違って、私は社会と関わっていない家庭人であるから、そういった意味ではオトナと認められていないのだろうし、コドモを作るつもりもないのだから、一生オトナになることはないのかもしれないなと無駄なことを考えてみる。
「ふうん。つまり私を放って、君は“接待”に行くという訳なのだな。」
回りくどく言い訳をするカツヤに、そう端的に確認を取ると、彼は目を見開いて硬直した。こういった表情は年相応に幼いのだが、普段は何もかもを悟った様な風情であるから、珍しく彼の弱点を突いたということなのだろうが、一体今のセリフの何処が琴線に触れたのかはとんと分からない。私が何も知らないで口にしたのを確認すると、カツヤはひとつ溜息をついて困ったような笑顔を作り、おかしなことを言い出した。
「どうしたんです、あなたもオレに接待しろって言うんですか?」
聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調で、しかし内包するのは淫靡な毒だと、長くもない付き合いのなかで分かるようになったのは進歩と言えよう。新しく加わったNGワードは“接待”か、と脳内カツヤデータベースに書き込んでおくことにする。実のところ、カツヤに初めて出会った頃に教えられた“あらすじ”の大部分は真実ではないと、今では気付いている。否、表層では事実ではあるかもしれないが、彼が隠し通したい部分は教えてもらえないので、日常生活の中でこうやってひとつづつ拾い上げて組立てるしか私に知る手立てはない。記憶を取り戻すまで傍にいるのだと、カツヤは言った。それなのに、極力思い出させない様に行動している彼は、私と離れたくないからそうしているのだと思い上がってしまってもいいのだろうか。実際の年齢でいえば、私の方がカツヤよりも7つ上なのだから、カツヤが私を接待したことがあると考えるのが自然だと推理して、カツヤの提案に乗ってやることにした。
「そうだな。では佐伯君、真実きみが悪いと思うのなら、早く帰って来て私を接待したまえ。」
でなければ、この部屋から出してやらないぞ―といつもの尊大な調子で軽口を叩いたのだけれど、カツヤの表情は蔭り、私は焦った。思い出したくないかといえば、自分のことを知りたいのはやまやまだけれども、カツヤを泣かせたい訳ではないのだ。そんな心中が顔に出ていたらしく、逆に宥めるように口づけられてしまったから、コドモ扱いするなと憤慨することもできず、我ながら情けない顔で見送ったものだと思う。深夜、酒の匂いを纏って帰宅したカツヤは珍しく酔いが回っているようで、足元がふらついていた。この男が約束を守らないのはいつものことではあったけれども、出掛けのやり取りが尾を引いているのだと、雰囲気でわかってしまったものだから、叱りつけることもできずにいると、意外にもカツヤから本題を切り出してきた。
「では、わたくし佐伯克哉が誠心誠意、接待させていただきます。」
私をソファに腰かけさせると、何を思ったかカツヤは床に膝をつくと、私の左足を恭しく掲げ持った。一体何をはじめるつもりだと目を白黒させる私に構わず、靴下を脱がせるなりカツヤはべろりと爪先を舐めた。いつもは命令したことしかしないこの男が能動的になっているのかと驚いたが、どうやらこれは接待の一環らしい。キャンディを舐めるように、ひとつひとつ丁寧に指の間まで舐ってゆく舌の動きには、明らかに或る行為を思い起こさせて、私を興奮させた。だが、まだだ、まだ足りない・・・
「私の目を見ろ、そして君が思うようにして私を悦ばせたまえ。」
カツヤが思うところの“私が悦ぶこと”というのはどう考えても変態行為で、彼の中の私のイメージがいかに歪んでいるかを思い知らされ、酔いが醒めたら思い切り矯正してやらねばと心に決めた。克哉は酒と煙草の匂いが染みついたスーツを脱ぎ棄てて(しかも、見せつけるようにストリップして)全裸でも同じ行為を続けるのであった。確かに興奮していることは否定できないが、腑に落ちない思いで奉仕を受けていると、唾液でべたべたに濡らされた足をカツヤは自らの股間に宛がった。酔っている為か、萎えたままのそこを、ぐにゃりと踏みつける格好になって、一体何をさせるつもりかと思えば、カツヤは恍惚とした笑みを浮かべて言った。
「思いっきり、踏んで・・・ください。」
接待だと言っておきながら、自分の欲望を口にするカツヤは可愛らしかった。だがしかし、その内容は案の定酷いものだったのだが。私にはそういった痛覚での嗜虐趣味はないというのに、カツヤはどうも痛めつけられて悦ぶ嗜好の持ち主であるらしい。軽く踏んでやると、呻き声には艶が混じっており、私の方も煽られるのだから、まったくどうかしている。じりじりとにじり寄ってきた克哉は、スラックスの上から私の興奮しかけた秘所を鼻先で弄んできた。ここまでくれば、私たちの間に言葉など不要だった。視線を交わせば、互いの欲しい刺激くらい、たちどころに分かってしまう。カツヤはジッパーに噛り付いて、窓を開くなり薄い下着の上からしゃぶりついてきた。もどかしい刺激に、苛立ちをぶつけるように強く踏んでやると、とろけるように表情を緩めたカツヤはようやく指を使って私の“成長しすぎた”女芯を愛撫しはじめる。もっととねだるように、カツヤの髪をかき混ぜてやると、カツヤは鼻息を荒くして、ソレを喉奥まで突っ込み、息を詰めた。呼吸も満足にできないことで、カツヤは一層興奮し、その様子に私も煽られてより深く克哉の咥内を犯していった。どちらが先にゴールしたのか、気付けばカツヤの顔も、私の左足も、べったりと濡れており、嵐のような興奮はひとまず去った。カツヤは自分に掛けられたものもそのままに、私の股間と爪先をペロペロと舐めて綺麗にしたあと、見上げてご満足いただけましたでしょうか?と“接待遊び”のセリフを口にした。漸くコンセプトを思い出して、どんな趣向だと思い切り笑ってしまったが、やはりここは身勝手なこの男に、もういちど言い聞かせてやるべきだろう。
「否、私がこの程度で満足すると思っているとしたら、大間違いだ。」
粘液と、涙とに濡れた顔をタオルで拭ってやり、手を差し伸べる。尊大な女王様のように?そう、君がそのつもりならば今はその役割を演じてやってもいいが―
「私が満足するまで、いくらでも付き合ってくれるんだろう?」
飢えた獣のように、どれだけ貪っても、君の中身を手に入れた気がしない。そう、まだ満足には程遠い。君自身を私が満足させてやるには、まだ何もかもが足りない。君の裡に秘めたモノを私の中にひとつづつ積み重ねていこう、息の絶えるそのときまで。
<3・終>

【もしも眼鏡がなかったら】
2010.12.15
公園のベンチに一人佇み、片手にはビール、そして片手には不甲斐ない自分を見つめ直すための鏡があった。佐伯克也(25才・独身男性)はこの日既に同僚の本多と居酒屋で酒量ギリギリまで飲んでいた為、あとほんのひと押しで酩酊状態に陥るだろうと思われた。だが、しかし彼には他人と違う特殊な体質があったことを、彼以外の誰もが知らなかった。酒を飲むと気が大きくなる、というのはよく知られているし、人が変わるとも言う。彼の場合はその効果があまりにも長続きしてしまい、頭痛や吐き気などのわかりやすい副作用がなかった為、一時はアルコール中毒になり掛ける程に酒に頼って生きていたこともあるのだった。今日彼がやらかした失敗はあまりにも酷く、多少飲んだくらいでは気持ちの治まるようなレベルではなかった。しかも、この克哉という男は他人の目を酷く気にする性質であったから、本多が隣にいては愚痴さえも零すことができず、尚更苛立ちが募って辿り着いたのが今の在り様という訳である。
美しい月を見上げながら、彼は思い出していた。酒に頼って記憶すら飛んでしまったけれども、あの頃(小学生時代)オレは輝いていた筈だと。アル中になっては人生終わったようなものだけれども、その寸前、ギリギリのところまでで留まることができるなら、オレは変われるんじゃないかと。月のように丸い手鏡に、無様な自分の姿を映しだしながら一心不乱に念じた―つまり、彼は酒の力を借りた自己催眠を試みようとしているのであった―うだつの上がらない平社員などではなく、ハングリー精神に溢れた新人のようなやる気と、何物をも平伏させるような自信を身につけた、若獅子のような人間に変わるのだと。
「こんばんは〜。ビールは美味しいですか?」
そんな神聖なる儀式(彼にとっては)の最中に、突然投げかけられた挨拶。ブチ切れたいところをグっと我慢し、不審者とも狂人とも酔っ払い仲間とも知れぬ何者かに適当に相槌を打ってやんわりと追い払おうと彼は心に決め、にこやかに挨拶を返していくのであった。月の光に照らされて金色に見える髪は実のところ白髪であろうし、三つ編みのように長く伸ばしているのも浮浪者の証であるように思われたが、彼らが共通して見に纏う饐えた臭いは感じられなかった為、佐伯克哉は得体の知れぬものを隣に座らせ、愚痴混じりの世間話を始めるのであった。長年付き合いのある本多と違って、どう考えても今夜限りの付き合いであろう相手には饒舌になるもので、近頃何をやっても上手くいかないのだとうっかり正直に話してしまった克哉ではあったが、しかし手の中には飲みかけのビールを弄び、このお遊びが済んだらすぐにでも儀式を再開せんとの意志を漲らせていた。
「―でしたら、幸運の眼鏡はいかがでしょう?」
何と、眼鏡のセールスマンだったかと克哉は瞑目した。彼自身もセールス(営業)であったので、道理で話が合うわけだと合点がいったので思わず手拍子まで打ってしまった。聞けば幸運の眼鏡というのは世界観を変える程にクリアな視界を提供することで、例えば落ちている小銭に気付いたりだとか、視力を矯正することで幸運をもたらすまっとうな品物であった。何故売れないのかという問いには、セールスマン自体の見栄えを良くし、且つ眼鏡のパッケージングを見目良いものに変え、購入者からの反響をわかりやすくまとめた資料があればよいのではないかと適当な答えをすると、三つ編みの眼鏡売りは感激し、克哉の言葉をメモに取ると、こうしてはいられないと足早に立ち去って行った。携帯用視力測定装置とかもあればもっとよかったかな―などと考えるうちに、ふっと画期的なアイディアが浮かんだ。つまり、自己催眠と眼鏡の融合である。一つの手鏡では平面だが、二つの手鏡を使って立体視することで、より深い催眠状態に没入することが可能になるだろう。今晩は満月・・・ごくりと生ぬるいビールを一気に煽り、克哉は目に焼き付けた。右眼では月を、左目では鏡に映った自己を。そして二つの映像を脳裏に描き、重ねるのだ。くらりと世界が揺れた。
「世界が変わる?否―変わったのは俺自身だ。そして、俺が世界を変えてやろう。」
つま先から髪の一筋まで自信に充ち溢れた彼は、先程までの打ちひしがれた若者とは全く違ってみえた。例えその実態が酔っ払いであろうとも―完全無欠の営業マン・佐伯克哉の伝説が今宵、幕を開けたのである。
<つづ・・・くのか!?>
<続編へ>

【表か裏か】
2010.12.14
思わず声を裏返らせてしまい、あまつさえ座っていたソファーから転げ落ち、小指をテーブルの足にぶつけ、その弾みでテーブルをひっくり返してしまった。大惨事だ。だというのに、俺が驚いた原因となる『爆弾発言』を放った当の本人は涼しい顔で床に散らばったものを片付けているのだから、思わず頬をつねりたくなった。俺は間違いなく起きている。だとすれば寝惚けていつのは"佐伯克哉(こいつ)"の方に違いない。こいつが突拍子もない行動に出るのは毎度のことだから、多少のことでは動じる筈も・・・いや、それを分かった上で毎回予想を超えた範疇の突飛さで引っ掻き回してくるこいつのことだ・・・だけど。思わずカレンダーを見る。四月馬鹿とか、何かの記念日とかそういったセンはなさそうだ。そう、俺だって学習しているから色々と疑ってかかるのは仕方が無いだろう?ただ、嫌と言うほど身に覚えがあるのは、昨晩こいつのやらかした性暴力(或いは、家庭内暴力)に俺が腹を立てているということくらいだろうか。だからって・・・まさか克哉が・・・あり得ないだろう?そこまで考えた所で振り返ると、悩みの種から憐憫の籠った眼差しを注がれていた。
「・・・驚かせて悪かった。」
今度こそ俺は克哉に掴みかかって額に額を押し付けると、ひんやりとして熱があるかどうかは分からなかった。天変地異の前触れか、鬼の霍乱か、やはり今日の克哉はどんなに頭を捻って考えたところで普通じゃない。随分前のような気はするが、克哉が気まぐれを起こして突然『優しい恋人』を演じだしたことを思い出すけれども、今度ばかりはそんな生易しいレベルじゃない。俺の純情を弄んではほくそ笑み、俺の身体を玩具にしては嬉悦に身体を揺らす、この鬼畜野郎のどこをどうしたらそんな言葉が出てくるんだろうか。
「なぁ克哉・・・これ、何本に見える?」
「お前の足が立ててる小指は一本にしか見えないが・・・足の指は大丈夫そうだな。」
大丈夫かどうか心配なのはぶつけた小指よりも克哉の頭のほうだろと思わず叫びそうになったが、克哉が何か企んでいると癪なので、寸前のところで飲みこんだ。労わるように小指をさする仕草は、心の琴線に触れてこそばゆい。横暴なこいつがたまに見せる、もともと隠し持っていた優しさは俺にとって毒なんじゃないかと思うことがある。3年前までは逆に闘争心や好奇心を胸の内に仕舞っていたのだと思い返すと、隔世の感がある。ただ優しいだけでは生きていけないのだと、心を閉ざしていた克哉は痛々しいまでに自罰的で、いつか消えてなくなってしまうのではないかという危うさで、お節介な俺は何彼となく世話を焼いていた・・・などと、今の克哉しか知らないこちらの人間に言っても信じてはもらえないだろう。けれど、今向かい合っているこいつがどことなく儚げで、罠かもしれないとしても、手を伸ばさずにはいられない。真実を探り出そうと、眼鏡の硝子越し、僅かに悲しみを混ぜたような色をした目の奥をじっと覗き込むと、返って来るのは軽い苛立ちと若干の照れ(!)と戸惑いくらいだったのでうっかり全身で安堵を示してしまった俺は本当にお人好し(バカ)だと思う。
「バカ、熱なんかない。俺は正気だ・・・大丈夫だから。」
また克哉を調子付かせてしまうかも、と身構えた俺は肩透かしを食らった格好だった。だって間近で見た苦笑いの中には、克哉から俺に向けた素直すぎる愛情が込められていたから。宥めるように軽く唇が触れ、すぐに離れていく。一瞬呆けて、何をされたか気付いたら一気に体温が上がり、鼓動が早鐘を打つ。いくら長いこと同棲してて、ヤることヤってたとしても、され慣れていないことを突然されると恥ずかしくていたたまれない。うう、こっちが赤くなってどうするんだと気を取り直して最初から振り返ってみる。うんうん唸ってばかりの俺を眺めては悪戯っぽく笑う克哉には邪気がなくて、混乱は増すばかりだった。えーと、・・・何でこうなったんだ?
「何だ、そんなに意外だったのか?まあ確かに、だいたいはノーマル趣味のお前は知らなかったかもしれないが、こちらの世界じゃ常識みたいなものだぞ。」
ひとしきり笑って気が済んだのか、理解しがたい世界の常識とやらを語る克哉はいつものニヤニヤ笑いを取り戻していた。っていうかな、克哉のそれは非常識だって理解していないだろうところが俺は恐ろしい。そしてさりげなく「だいたいは」と但し書きをつけないで欲しいと思うが、当たらずも遠からずなのだから仕方が無い。いや、但し書きをつけるならこうだろう。"本多憲二の趣味はノーマル※ただし、佐伯克哉を除く"と。そういえば一度冗談めかして(無論、マウントポジションを取るための布石のつもりではあったが)俺の人生を狂わせた責任を取れと言ったら、物凄く嬉しそうに"なら俺の分はお前が責任を取れよ"と押し倒され、気が付いたらその場朝まで啼かされたという恥ずかしい出来事があったことを思い出してしまった。そう、こいつが常識知らずの恥ずかしい奴だってことは知ってるけど、どうしてもその言葉と克哉が結びつかない。腑に落ちない顔をしている俺の頬をぎゅっと抓って、朗らかに克哉が笑う。ああ、これからまた悪いことが起きる前兆だなと俺は気付くが、知らないふりをして顎を勺って言葉の先を促してやる。
「分からないのか?ちょっとは想像力を働かせろよ。物事にはすべて表と裏がある、ということは――」
克哉先生のご高説を有難くもなく賜りながら、こんな時、心底この意地悪な恋人に惚れているのだなと溜息が出そうになる。癪に障るからあまり言ってはやらない・・・いや、言わないようにしようと思ってても、ついついポロっと溢してしまいがちではあるんだけどな――と俺が色々思い悩んでいる様子を尻眼に、克哉は如何わしい玩具やら拘束具やら(昨晩使い立てほやほやのヤツ)を手に薄ら笑いを浮かべていた。いや、笑っているように見えるのは口だけで、眼はほんの少しも笑っていなかった。
「なんだ、そんなに疑うなら・・・試してみればいいだろう?」
限りなく獰猛で熱の籠った視線に、漸く克哉の本気を悟って、俺の頭の中でこれまでのやり取りが線で繋がっていくのを感じていた。そう、確か最初は入念に小道具のお手入れをする克哉に俺がブチ切れたのが切っ掛けだった筈だとようやく記憶が繋がって来る。
――お前にも理解して欲しいんだ――そんなことを神妙な表情で言われても、到底理解の範疇を超えている悪趣味だと、鼻で笑い飛ばしてやった。――それこそお前が言う"天地がひっくり返ってもあり得ない"って奴だな――何度となく繰り返す攻防に、勿論克哉が頷くことはないから、いい加減に疲れてしまっていた俺が例の件を仄めかしたのはいつもの癖以上の意味はなかったんだが、しかし。何か言い繕うように克哉が口を開きかけたのを無視して、本気で怒っていた俺は目をつぶったままどかっとソファに腰を下ろした。口を利きたくない、眼も合わせたくない。全身で拒絶の意をあらわす俺の背後からゆっくり克哉が近づいてきて・・・「本多、聞いてくれ。実は―」と切り出したのが例の衝撃発言だったという訳だ。表か裏か。克哉の意図が分かってみれば、いつもどおりに俺が負ける勝負のように見える。けれど、長年の付き合いで分かるのは更にその裏があるということだ。
「克哉ぁ、そんなのって卑怯だろ・・・」
無理だと承知で嫌がらせをしてるんだとしたら、腹は立つけどそれだけだ。けど、他の誰もが信じないとしても、俺には分かるんだ。眼を見れば分かってしまう。克哉にとって、これは真剣勝負に違いないのだ――だからこそ、俺は泣きたい気持ちになった。いっそのこと冗談だった方が、まだましな真実が、俺を見据えて微笑んでいる。このサディストめ、とはこの先一生口にすることはできないだろう。何故なら克哉は、曰く『真性のマゾヒスト』だから。わかりにくかったなら言い直してやろうか――そのフレーズが克哉の口に上ったら今度こそ絶対に止めなければと思う。
<実は俺、どMなんだ。>
なあ克哉、心底疑問に思うんだがそれは居丈高に言うセリフなのか?
めがほん・結

ぼやき

スパコミ、日程が被ってていけませんでした。残念だー。しかし抱き枕のイベントには行ってきましたよ。ほとんど全部買ってきたし!
燃料を手に入れたので久しぶりに更新してみるのでした。文章書きたいコンディションみたいです。次はメガホン漫画こないかなー。
メガホンってさぁ、どのカップリングよりもこ〜、ビジュアルが大事な気がするのよね。ごつい本多を組み敷く克哉さんハアハア。是非に!
もしなかったら、3D頑張るかもしれませんwキチメガ好きなので、このまま斜陽と化していくのは寂しくってよ。何かは続けてほしいなあ。

ネタバレな解説

鬼畜彼氏。:ドラマCD2メガホン編を聞いて爆笑しつつ萌えたので勢い余って書いてみました。色々物足りない。
世界で一番君が好き:本多×克哉でメガホンってみようがコンセプト。裸眼な克哉はすごく・・・鬼畜です。
かつかつテクニック:メガホンにかつかつを混ぜてみようがコンセプトのはずがホンメガ一直線。せめぎ合ってるね!
この酔っ払い共奴!:飲み会ネタがやりたかったので一番書き易い部長とまとめやすい片桐さんを混ぜつつもかつかつorRNな方向に。
僕の家:メガカタ編を見れば見るほど片桐さん最強でした。カウントダウンネタを本編と無理やり絡ませてみるてすと。
天国か地獄:眼鏡受けが好きなので、一番書き易い部長と片桐さんの年上コンビで挟んでみました。珍しいことに、セリフばっかりです。
ロリータ:嗜虐エンドその後を新しい切り口で。脳内では一人称が“私”の部長ってツインテールのツンデレ娘だったりするので、ソッチ方面です。
澤村紀次の災難:メガミドRでNo.4にいく道中の出来事を非シリアスに。御堂さんって克哉にバカだよねという気持ちを込めました。
カッコ悪い:さわむー好きなので、R裸眼ルートに登場してもらいました。友情END以降の克哉さんな雰囲気?さわむーカワイソス。
はじめてのひと:短いけどメガアキです。秋紀にゃんかわいい。かわいいけど若い子は書きにくい。太一の登場がないのもその為です。
素直になりなよ:ベストエンドに行くのが物凄く簡単な部長さんに、ギリギリの選択肢で進んだ場合・・・果たして無事に済むのか?とw
表か裏か:ナナとカオルが大好きなので、SMなコメディならメガホンかほんかつだよにゃ〜と。ほんかつは書きかけっす。
もしも眼鏡がなかったら:克哉といえばビールだよなと飲み会シーズンの頭はこんなものを作ってしまったよ。オチは考えていたけど、なぜかつづくことに。
ちゅ〜ぼ〜ですよ!:ようやく太一登場。ロイド眼鏡の存在を最近知ったり。克哉サイドから書いていたけど、結局親子の漫才になった。
Because I love you.:克哉さんは自分を殺した人に愛を捧げるような気がします。御堂さんには「きみはじつにばかだな。」と言って欲しかった克哉さんというオチw
Do you love me?:スキスキダイスキ言わなきゃコロス。この間CD買いました。二股後Rについていかないと御堂さんに殺されるらしいってホント?流石やね。
君が嫌い:権藤さんの克哉さんイジメ。ホントあいつは生意気ですよね、でもそこが可愛い。愛の鞭な権藤さんも大好きですよ、克哉には嫌われてるけど^^;
スカトロ:あにゃるSEXというのはそういうものだと思うのよ。ああ、石投げないで><攻め御堂と受け御堂をちゃんと同一人物にするぷろじぇくと(嘘)。
狂い咲いた夜に:花葬いいよね(関係はないけど)。一番心にキたRのEndingはこれでした。なんとなく日常が続きそうで、続きが読みたかったのでした。
明星:意外と片桐さんの業は深いのですね。特にRほんかつBestで感じた対御堂戦での戦績の良さw笑顔で部長を撃退ですよ。ルート外では、やはり最強か・・・
ブラックをひとつ:空白の存在感、好きです。でもきっと克哉は鬼畜ですよ御堂さん。逃げてー!続きを書こうとして失敗したものです。どうしようもないね。
物質と光:鬼畜なN克哉は書いてて楽しいね。本多が一番可哀想でしたが、しょうがない。こんなに面倒な文章は多分二度と書けないと思う。
一人芝居:ブラック〜だと「憎んでいる」で、こちらは別ルートを想定。あの思わせぶりな選択肢にきっと意味があった没Endがみたかった!
もしも願いが:うわーん><あのBadは酷過ぎる。ので、本多君を幸せにしてあげよう計画が発動w途中まで、関係希薄化しそうだったとこを力技で捻じ伏せました。ホンバンはたぶん本多君がHEAVEN状態なのでまあスルーでwみどかつ漫画終わったので、次こそメガホンこないかなーと思ってるんですが、どーなんだろ?メガホンなエロってヴィジュアル大事だと思うんだよね!
Open your eyes.:太一Badは唐突でしたねー。克哉さん的には別にあれでもいいみたいだけど、太一君は知らない間に終わってたって感じよね。いや〜ん悲劇!大好きw
今は色々中途半端に書き散らかしております。某イベントで萌え補給してきたけど、ちゃんと発散できるかな?
桜は筋決まっててもダラダラしそうで躊躇してます。澤村編と御堂編、ええ脱線です。危うい克哉さん萌えですよね。
御堂さんには申し訳ないけど、出番は残り少ないですwさわむ〜萌え。うっかりオリキャラな後日譚っぽいのを書いてしまったけど没。
予告:中坊編は秋紀にゃんのがいいんじゃないかと。 ろり/本多VS御堂再びw めがほんかつ/本多が克克好きという設定イタダキですな。 片桐さんとハーレム編をくっつけてみたい!

めが☆にげ


は、もうちょっとだけ工事中なんだからねっ。                   web拍手 by FC2
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